第2話 クマキサン

 ―中古書店に通う谷崎さん(仮名)の話―


 谷崎さんは中古書店の100円コーナーで文庫本を買うのを趣味としている。

 新品だと買うのを躊躇ためらってしまうようなジャンルにもチャレンジできるので、ついつい沢山買ってしまいがちだと言う。

 仕事帰りのルート上に中古書店があるので、谷崎さんは足しげく通っていた。

 

 頻繁に通うようになると、ここの棚を見た後にこっちの棚を見て、というようなルーティンが生まれる。そこで気になった本を手に取り、100円とはいえ出来るだけきれいな状態が望ましいのでパラパラとページをめくる。

 するとある時期から、同じ人物が売ったと思われる本に出合うことが多くなった。

 何故同じ人物かと思ったかというと、それらの本は、本文の漢字すべてに手書きでルビが振ってあるのだ。その癖のある筆跡が同じなのである。

 漢字すべてに手書きでルビを書き込むというのも不思議な話であるが、何故そうしたのかは分からない。筆跡から想像するにご年配の男性だと思われる。

 谷崎さんは書き込みがある本は買わない性質たちなので、せっかく気になった本なので残念ではあるが購入は諦めることにする。

 その本の持ち主はまとめて本を大量に売ったのか、それとも頻繁に売りに来ているのか分からないが、その持ち主の本に出逢うことが増えたのだ。

 手に取る本、手に取る本、その持ち主の本なので、自分と同じジャンルに興味関心があるのだろう。欲しいと思った本が買えないのは残念だが、その持ち主には一方的に親近感をおぼえ、また自分の先人なのだと勝手に敬意を持ったりもしていた。

 二カ月ほど経ったとき、「ああ、またこの人の本か」とパラパラめくっていたら、ルビ以外の書き込みに気付いた。

 「クマキサンハモウスグ」

 ルビとは違うペンでページの余白に書かれていた。

 別の日、手に取った本がまた同じ持ち主の本で、やはり余白に「クマキサンハモウスグ」と書かれていた。また別の日に手にした本にも書かれていた。

 「確かこの本も同じ人の本だったよな」と、棚にある本数冊を取り出し、ページをめくってみた。

 そのすべての本に「クマキサンハモウスグ」と書かれていた。

 それらは全て79ページに書かれているということも分かった。


 偶然かもしれないが、谷崎さんのお母さんの旧姓は「熊木」だそうだ。

 そして熊木さんのお母さんの誕生日が7月9日。

 谷崎さんがそれに気づいたのは6月下旬のことだった。

 なんだか薄気味が悪くなったので谷崎さんはその書店に通うのをやめた。

 7月9日を過ぎたが、今のところお母さんは何事もなくご健在だそうだ。 

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