第11話∶銭洗弁天での清めと、ホクホク大学芋

 秋の彼岸(ひがん)を過ぎ、鎌倉の風には金木犀(キンモクセイ)の甘い香りが混じり始めていた。

 だが、『萬(よろず)相談所』の懐事情は、秋風よりも寒かった。

「……清水さん。今月の食費、赤字です」

 古都宮(ことみや)紬(つむぎ)は、卓袱台(ちゃぶだい)に家計簿を広げ、深い深いため息をついた。

 原因は明白だ。最近入り浸っている転校生兼、西の神獣・西園寺(さいおんじ)琥太郎(こたろう)のせいである。

 あいつは「肉だ! 肉を寄越せ!」と騒ぎ、清水は清水で対抗して「高い魚を買え!」と我儘を言う。神様たちのエンゲル係数は天井知らずだ。

「金ならあるだろう。蔵の壺でも売ればいい」

 清水は煎餅を齧りながら、悪びれもせずに言う。

「あれは呪いの壺です! 売ったら警察沙汰ですよ!」

「ちぇっ。世知辛い世の中だぜ」

 横で漫画を読んでいた琥太郎が、鼻を鳴らした。金髪にピアスの不良スタイルだが、なぜかこの古い畳の部屋に馴染んでいる。

「ていうかよ、この土地、最近『金の巡り』が悪くねえか?」

「え?」

「俺様は白虎だぞ? 金気(ごんき)を司る神だ。鼻が利くんだよ。鎌倉全体の金運が、ドブみたいに澱(よど)んでやがる」

 琥太郎は窓の外、北西の方角を指さした。

「特にあそこ。『銭洗弁天(ぜにあらいべんざいてん)』だ。あそこの湧き水が詰まってりゃ、そりゃお前らの財布も寒くなるわな」

 銭洗弁財天 宇賀福神社。

 洞窟の湧き水でお金を洗うと、何倍にも増えて戻ってくるという伝説がある、鎌倉屈指の金運スポットだ。

「……仕方あるまい」

 清水がゆらりと立ち上がった。その瞳が、鋭い金色の光を帯びる。

「土地神として、水脈の詰まりは見過ごせん。行くぞ、紬。ついでに俺の小銭も洗って増やす」

「結局、自分のお小遣い目当てじゃないですか……」

          ◇

 鎌倉駅西口から歩くこと二十分。

 急な坂道を登りきった先に、異界への入り口のような隧道(トンネル)が現れた。

 ここが銭洗弁天の入り口だ。

 ひんやりとした岩肌のトンネルを抜けると、そこは四方を崖に囲まれた、隠れ里のような境内だった。

 線香の煙と、湿った岩の匂い。

 平日にもかかわらず、金運アップを願う参拝客で賑わっている。

「うわ、人がいっぱい……」

「ケッ、欲の皮の突っ張った人間どもが。……だが、やっぱり妙だな」

 琥太郎が顔をしかめ、奥宮(おくみや)である洞窟の方角を睨んだ。

 本来なら清浄な気が満ちているはずの場所から、ドロリとした重たい空気が漂ってきている。

「行くぞ」

 清水が人混みを縫うように進む。

 洞窟の中へ足を踏み入れると、空気はさらに湿り気を帯びた。

 ロウソクの明かりが揺れる薄暗い洞内。その最奥に、銭を洗うための霊水が湧き出ているはずなのだが――。

「……水が、枯れてる?」

 紬は目を疑った。

 ざるを使ってお金を洗うための水場が、ヘドロのような黒い泥で詰まり、チョロチョロとしか水が出ていないのだ。

 周囲の観光客も「あれ? 水少ないね」「これじゃ洗えないじゃん」と困惑している。

「あーあ、こりゃ酷ぇ。詰まってやがる」

 琥太郎がしゃがみ込み、泥をつつこうとした瞬間。

 ボコォッ!!

 泥の中から、巨大な「ガマガエル」のような姿をしたあやかしが飛び出した。

 ただし、その体は錆びた十円玉や汚れた五百円玉がこびりついて出来ている。

『カネェェ……カネ、ヨコセェェ……!』

「うわっ、何これ!?」

「『金欲(きんよく)の澱(おり)』だ」

 清水が紬を庇って前に出る。

「人々の『金が欲しい』という欲望が、感謝の念よりも勝った時、霊水は濁り、こういう化け物になる。……やれやれ、これでは金が増えるどころか、運気を吸い取られるぞ」

 化け物は長い舌を伸ばし、紬の持っていた財布を狙ってきた。

 バシッ!

 琥太郎がその舌を素手で叩き落とす。

「汚ねぇな! 俺の……いや、紬の財布に触ってんじゃねぇ!」

「琥太郎君!」

「おい青龍、水だ! お前の水で洗い流せ! 俺がこいつを押さえてる間に!」

 琥太郎の腕が白く発光し、虎の爪となって化け物を地面に縫い止める。

 清水は頷き、印を結んだ。

「紬、手伝え。お前の『清め』の力が要る」

「は、はい!」

 清水が紬の手を取り、自身の両手で包み込んだ。

 ひんやりとした神の水温と、紬の温かい体温が混ざり合う。

 ドクン。

 心臓が跳ねた。至近距離にある清水の横顔が、神秘的なほど美しい。

「邪念を払え。……ただ、綺麗になれと願え」

 耳元で囁かれ、紬は頷いた。

 目を閉じ、祈る。

 お金は汚いものじゃない。誰かの感謝や労働の対価だ。本来は、キラキラと輝く巡りもののはず。

(綺麗になあれ。流れて、巡って、みんなを笑顔にして)

 カッ!!

 紬と清水の合わせた手から、清冽な水流が奔流となって噴き出した。

 それは洞窟内の汚れを一気に押し流し、化け物を飲み込む。

『ギャアアアア……アリガトウゥゥゥ……』

 断末魔は感謝の言葉に変わり、化け物は無数のピカピカの硬貨となって崩れ落ちた。

 ザザァァァ……。

 水が引くと、そこには透き通った湧き水が復活していた。

 洞窟内の空気が、一瞬で澄み渡る。

「……ふん。片付いたな」

 清水が手を離す。その一瞬、名残惜しそうに指先が触れたことに、紬は気づいて赤面した。

「へっ、やるじゃねえか。おかげでスッキリしたぜ」

 琥太郎も満足げに笑っているが、その額には脂汗が浮かび、少しだけ息が上がっているように見えた。

 その後、三人は復活した霊水で、それぞれの小銭を洗った。

 冷たい水にさらされた硬貨は、まるで生まれたてのように輝いている。

「これで食費の足しになるといいですね」

「ああ。……だが、腹が減った」

「俺もだ。力使ったらガス欠だ」

 二人の神様のお腹が、同時にグゥ~と鳴った。

 紬はクスッと笑った。

「帰りましょう。おやつに、とびきり美味しいものを作りますから」

          ◇

 相談所に戻った紬は、台所に立った。

 彼岸を過ぎて涼しくなったとはいえ、坂道を歩いて疲れた体には、甘くてエネルギーになるものが一番だ。

 竹ざるには、先日ご近所さんから頂いた立派なサツマイモがある。

(秋の味覚、第一弾!)

 メニューは決まった。

 **『蜜たっぷり、揚げたて大学芋』**だ。

 サツマイモを乱切りにする。

 皮はあえて残す。赤紫色の皮と、中身の黄金色のコントラストが食欲をそそるからだ。

 水にさらしてデンプンを抜いた後、水気をしっかり拭き取る。

 これを、低温の油からじっくりと揚げていく。

 ジュワワワワ……。

 静かな雨音のような揚げ音。

 じっくり火を通すことで、芋の中の酵素が働き、甘みが極限まで引き出される。

 竹串がスッと通るようになったら、一度取り出し、油の温度を上げる。

 そして二度揚げ。

 カラン、カラン。

 表面が硬くなり、箸で触れると乾いた高い音が鳴ればOKだ。外はカリッ、中はホクホクの証。

 次は命の「蜜」作り。

 フライパンに砂糖、水、醤油、みりん、そして蜂蜜。

 火にかけ、大きな泡がブクブクと立ち、それが小さく粘り気のある泡に変わるまで煮詰める。

 この見極めが勝負だ。煮詰めすぎれば飴になって固まるし、足りなければベチャッとする。

(今だ!)

 黄金色のとろみが出た瞬間に、揚げたての芋を一気に投入する。

 手早く絡める。

 熱々の芋に、熱々の蜜がコーティングされ、キラキラと輝く琥珀色の宝石に変わっていく。

 仕上げに黒ごまをパラリと振れば、香ばしさがプラスされる。

「お待たせしました! 揚げたて熱々の大学芋です!」

 大皿に山盛りの大学芋を運ぶと、二人が身を乗り出した。

 醤油と蜜の焦げた、甘じょっぱい香りが部屋中に充満する。

「ほう……。単純な料理だが、この照りは美しいな」

「へへっ、これだよこれ! 俺様はこういうのが食いたかったんだ!」

 琥太郎が一番大きな欠片を箸で掴む。

 蜜が糸を引き、光を反射する。

 カリッ。

 いい音がした。

 飴状になった表面が割れ、中から湯気と共にホクホクの黄色い実が現れる。

「あっちち……う、うめぇえええ!」

 琥太郎が叫んだ。

「外側がカリカリで、中がねっとり甘ぇ! 醤油の塩気が絶妙だ!」

 彼の体から、疲れを表すような黒い靄が抜け、代わりに金色の活力が満ちていく。

 清水も上品に一口。

「……ん。悪くない。サツマイモの野暮ったさが消え、洗練された菓子になっている。蜂蜜のコクがいい仕事をしているな」

「よかった。これなら疲れも取れますよね?」

 紬も一つ頬張る。

 甘い。幸せな味だ。

 銭洗弁天での緊張感が、蜜の甘さに溶かされていくようだ。

 三人で皿をつついていると、ふと清水が琥太郎の手元を見た。

 箸を持つ琥太郎の指先が、微かに震えている。

「……おい、駄猫」

「ああん? なんだよ、取らねえよ」

「お前、西で何を食らってきた?」

 清水の低い声に、場の空気が凍りついた。

 琥太郎の動きが止まる。

 彼は誤魔化すように大学芋を飲み込み、ニカッと笑った。

「……バレたか。さすがは腐っても青龍だな」

「琥太郎君?」

「なんでもねえよ、紬。ただちょっと、西の方で流行ってる『悪い風邪』をもらっちまっただけだ」

 琥太郎は学ランの襟を正し、立ち上がった。

 その笑顔はいつもの不敵なものだったが、金色の瞳の奥には、隠しきれない疲労と焦りが滲んでいた。

「今日の芋でだいぶ回復したぜ。サンキュな。……借りは必ず返す」

 そう言い残し、彼は風のように去っていった。

 残されたのは、空になった皿と、甘い香り。そして、一抹の不安。

「……悪い風邪、ですか?」

「嘘だな」

 清水は冷めたお茶をすすり、窓の外、西の空を見上げた。

 夕焼けが、血のように赤く燃えている。

「あいつの本体である白虎の霊核が、何らかの『呪い(のろい)』に侵食されている。……西の地で、神を蝕むほどの何かが起きている証拠だ」

「それって、鎌倉にも……?」

「来るかもしれん。……いや、あいつがここに来たということは、もう始まっているのかもな」

 清水は紬の手を取り、強く握りしめた。

 その手は温かかったが、どこか切実な力が込められていた。

「紬。俺のそばを離れるなよ」

「……はい。約束します」

 甘い大学芋の余韻の中で、二人は忍び寄る冬の気配を感じ取っていた。

 食欲の秋。それは、嵐の前の静けさなのかもしれない。



(第11話 完)

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