0022.猪鍋パーティ
カルドがじいさんの腕を肩に回し、
そっと抱え上げる。
「動かすぞ」
「すまんのぅ、お言葉に甘えて頼むわい。
ワシひとりじゃ、もう立てんでな」
冗談めかした声とは裏腹に、
その身体は思ったよりも軽かった。
カルドは慎重に足元を確認しながら、
家のほうへゆっくり歩いていく。
俺はその背中を見送ってから、
転がったままのボスイノシシに向き直る。
「……さて、と」
投げつけた剣を抜き太い脚に縄を回す。
木に通したロープを引き、
なんとか吊り上げることに成功した。
近くで見ると改めてデカい。
よくこんなの相手に突っ込んだな俺。
「ヴェルさん、固定しておいてくださいね」
後ろから駆け寄ってきたセリアが、
袖をまくり上げる。
「血抜き、しないといけませんから」
「……やっぱり、捌くんだよな」
「もちろんです。せっかくですし、
今日は猪鍋にしましょう」
じいさんがイノシシを捌いて食べるぞ!
と言い出したのだ。さっきの今なのに。
転んでもただじゃ起きないタイプだなと、
思わずカルドと苦笑したものだ。
セリアは迷いなく喉元に刃を入れ、
血抜きの準備を始めた。
動きがやけに手慣れている。
「慣れてるな」
「小さい頃から料理はずっとやってました。
捌き方はおじいちゃんが教えてくれたんです。
まだ“ややおじいちゃん”くらいだったとき
狩ってきた獣を、よく一緒に捌いたんです」
そう言いながら、脚の腱を断ち、
皮をはぎ、筋を分けていく。
手際はよく、無駄も少ない。
「最初は怖くて、泣きそうでしたけど……
『命を無駄にせんための仕事じゃ』
って言ってくれて、それなら! って。、
ちゃんと最後までやろうって……」
セリアの横顔は嬉しそうで、楽しそうで、
そして少しだけ切なかった。
「その頃、まだ全然おじいちゃん若くて。
髭も短くて、もっと背もしゃんとしてて、
笑い方は今と同じです。ホッホッホ、って」
「いや、それは想像できるかもしれないな」
思わず口を挟む。
「若い頃からあの笑い方だったら、
だいぶ目立ってただろうな」
「ふふっ、そうなんです」
くすりと笑いながら、
セリアは手を動かし続ける。
俺は「へぇ」とか「マジか」とか、
下手くそな相槌を挟みつつ、
時々話をぶっちぎるタイミングで
質問を差し込んでしまう。
「で、最初に捌いたのはウサギ?」
「いえ、イノシシです」
「初手からイノシシ!?」
「小さめでしたけどね?
ナイフも持つ手が震えてて……」
それはそれで豪快な教育だなと思いながら、
話を聞き続けた。
やがて捌き終えた肉を仕分けし、
骨と皮を別にまとめる。
「じゃあ、このあたりは鍋用で……
この部分は燻製用に置いておきましょう」
「了解。運ぶのは任せろ」
二人で大きな盆に肉を山盛りにし、
家まで抱えていく。
家に戻ると、リビングのテーブルの上に
見慣れないものが並んでいた。
古びてはいるが、手入れの行き届いた大剣。
ホコリを拭き取ったばかりの重そうな鋼の鎧。
どれも、農具じゃないことは一目で分かる。
「……じいさん、それ」
「ホッホッホ。昔の置き土産じゃな」
ベッドに腰掛けたゴードンじいさんが、
鎧の胸板を軽く叩く。
「ワシはな、もともとこういうもんを着て、
前線でぶん殴る重戦士だったんじゃよ。
ドラゴンの鼻先をこん棒で小突いて
怒らせたこともあるんじゃぞ? ホッホッホ」
「それ自慢になってんのか?」
思わずツッコむと、
じいさんはますます楽しそうに笑った。
カルドは大剣に目を落としていた。
柄を握り、少しだけ持ち上げる。
「重いが良いバランスだ。まだまだ使える」
「おお、さすがじゃな。よう分かっとる」
じいさんは満足そうに頷くと、
急に表情を引き締めた。
「ヴェル」
「ん?」
「頼みがある」
そう言ってゴードンじいさんは
ゆっくりと頭を下げた。
「これらはお前さんらにやる。
だからセリアをお前さんのパーティに
迎え入れてやってくれんか」
俺は一瞬、息を呑んだ。
「おじいちゃん!?」
セリアが慌てて立ち上がる。
「なにもそこまでしなくても──」
「ワシが頼みたいんじゃ」
じいさんはセリアの言葉をやんわり遮った。
「ワシはもう足手まといにしかならん。
じゃが、こやつには力がある。
癒やしもできるし、料理もできるし、
人の話もちゃんと聞ける」
「それ、冒険者関係なくね……?」
「何言っておる、関係あるわい。
腹を壊さん飯が作れるヒーラーが
どれほど貴重かお前そのうち痛感するぞい」
説得力のあるような、ないような。
「カルドには先に話した。
したらリーダーはヴェルだと言いおった」
「勝手に決めたな、おい」
ちらりとカルドを見ると、
あいつはわずかに肩をすくめた。
「事実だ」
それだけ言って表情ひとつ変えない。
そしてその瞳は“俺は構わない”と、
それ以上に雄弁に語っていた。
セリアは、戸惑いと驚きと、
少しの期待を混ぜた目で俺を見ている。
「ヴェルさん……」
断る理由はどこにも思いつかなかった。
ヒーラーがいてくれれば助かる。
という打算も勿論、俺の中にはある。
けれど、それ以上に──
(セリアは、絶対ここで終わる顔じゃない)
昨夜、俺の怪我を直した時の、
震える手も、瞳も、その表情も。
ゴードンを治そうとして必死だった姿も、
冒険者になりたかったんですと言った時も、
あの顔で言ったときの表情も。
全部見てしまったあとで、
「やめとけ」なんてことは言えない。
「……じいさん」
俺は深く息を吸った。
「食べたいもの、考えとけよ」
「む?」
ゴードンじいさんが顔を上げる。
「俺らが連れ回る未来のためにな。
どこの国の、どんな飯が食いたいか。
どこの温泉浸かってどこの高い酒飲みたいか。
ちゃんとリスト作っとけ」
言いながら自分でも笑っているのが分かった。
「どうせなら、やってやろうぜ。
それ全部叶えてやるくらいは稼がねぇと、
セリアは、顔向けできねぇんだろ?」
「ヴェルさん……」
セリアの目が、またじわっと潤む。
ゴードンじいさんは、
しばし俺の顔をじっと見てから破顔した。
「ふむ。ならば──」
わざとらしく咳払いをして、胸を張る。
「ドラゴンのステーキを待っておるぞい。
勿論、レアでのう! ホッホッホ!」
「最初からハードル高ぇな」
「よいよい。お前さんらなら、
いつか持って帰ってくるじゃろ」
冗談めかした声に妙な重みはなかった。
本当に、心から楽しみにしている。
そんな、一人の老人の顔だった。
その夜。
大鍋にたっぷりとイノシシの肉と
野菜を放り込み、セリアが味を整える。
立ち昇る湯気と香りに、
誰かの腹が鳴る音が重なった。
「いただきます」
三人と一人で、同時に手を合わせる。
猪鍋は、驚くほど旨かった。
脂はほどよく落ち、出汁に溶け込む。
野菜も甘く、パンを浸して食べれば
次々と手が止まらない。
「うむ、よくできとる。
誰に出しても恥ずかしくない猪鍋じゃ」
「よかった……!」
セリアが胸に手を当てて笑う。
カルドも、いつもより
箸(正確には匙とパン)を進める速度が
異常に速かった。初めて見る。
「悪くない」
それは、カルドなりの最大級の賛辞だ。
俺はと言えば、カルドに負けじと
三杯目の汁を飲み干しながら、
妙に胸がいっぱいだった。
(……そうだよな)
終わる未来しか見えなかった自分が、
こうして、鍋をつつきながら笑っている。
新しい仲間が増えて、約束も増えて、
面倒もきっと増えて。
だけど、それがたまらなく楽しい。
鍋が半分ほど減ったところで、
ゴードンじいさんが改めて言った。
「ヴェル、カルド、セリア」
名前を順に呼び、満足そうに目を細める。
「ようやく、ええ顔になったのぅ」
「そうか?」
「そうですよ?」
セリアと同時にそう返して、
三人で顔を見合わせる。
笑い声が、湯気の向こうに昇っていった。
こうして俺たちは猪鍋をつつきながら、
みんなで仲良く飯を食べた。
新たな仲間として、セリアを迎え。
俺たちの冒険は、まだまだ続くのだ。
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