0021.養ってくれ
俺とカルドが駆けつけた時、
セリアは癒やしの術で
一生懸命じいさんを治していた。
セリアの手のひらからこぼれる光が、
じいさんの胸元をやわらかく包む。
さっきまで荒く乱れていた呼吸が、
少しずつ落ち着いていく。
折れた肋の歪みが戻り、
腰の痛みも和らいでいくのが、
端から見ていても分かった。
(……相変わらず、すげぇな)
癒やしの術。
対象の肉と骨をつなぎ、
体の中の生命力をぐっと引き上げて治す魔法。
便利だが、万能じゃない。
“前借り”だ。
燃料がたっぷりある若いやつなら、
多少の無茶も効く。
けれど、長く生きてきた年寄りにとっては、
その分だけ取り立てもきつくなる。
それは──どうやら。
切れたものまでは、戻せなかったらしい。
「……これで、どうですか……?」
セリアが額の汗を拭いながら、
じいさんから、そっと手を離した。
ゴードンじいさんは、ゆっくり上体を起こす。
肋に手を当て、腰をひねり、息を吐いた。
「ふむ……痛みは、だいぶ引いたのぅ」
そう言って笑う。
だが、その足は動かなかった。
つま先に力を込めようとして、
指先がわずかに震えるだけだ。
膝から下が、別の人間のものみたいに、
じいさんの意思から切り離されている。
セリアが青ざめた。
「……おじいちゃん。足、は……?」
「動かんのぅ」
ゴードンじいさんは、
自分の脚を見下ろし、あっけらかんと言った。
「骨はもうつながっておる。
じゃが、突っ込まれた時に腱が千切れた。
そこまでは、もう無理だったようじゃ」
淡々とした口調。
それが逆に、現実の重さを強調していた。
「そ、そんな……!」
セリアの肩が震えた。
「わ、私、ちゃんと治せたって……思ってっ」
こらえきれなかった涙が、
ぽろぽろと零れ落ちる。
「ごめんなさい……! ごめんなさい……!
私が、もっと早く──もっと上手く──」
「セリア」
ゴードンじいさんは静かにその頭を撫でる。
「違う、違うのじゃよ。
これは、お前さんのせいでもなんでもない」
しわだらけの手が、優しく髪を梳く。
「……ワシは、自分の身体に
ずいぶん無理をさせたもんじゃ」
獣の巣に突っ込んで、崖を駆け上がって、
ドラゴンにすら噛みついて。
笑い話みたいな武勇伝を、
昨日の夕食で散々聞かされたばかりだ。
「そのツケをようやく払う時がきただけじゃ。
老い先短いジジイにはようやっとる。
ホッホッホ!」
笑い声は明るいのに、
その下にある現実は変わらない。
「じいさん」
声をかけようとしたところで、
カルドの手が俺の腕を掴んだ。
「ヴェル」
低く、短い声。
「今は、黙っておけ」
横目で見れば、セリアは泣きじゃくり、
ゴードンはそれを優しく抱きとめている。
俺の出る幕じゃない。
というのは言われなくても分かる。
それでも何か言いたくて、
喉の奥で言葉が空回りする。
カルドは俺の腕を離し静かに一歩下がった。
俺もそれにならう。
「泣くでない、セリア」
ゴードンじいさんは、座ったまま、
セリアの身体を抱き寄せた。
「お前さんは、ようやった。
ワシなんぞより、よほど立派じゃよ」
「でも……! おじいちゃんが!
歩けなく、なっちゃったんだよ……!」
「歩けぬなら、座って暮らすまでじゃ」
さらりと言ってのける。
「のう、セリア」
少しだけ声の調子が変わった。
「老い先短いジジイの、
……ひとつ頼みを聞いてくれんか?」
「そ、そんな終わりみたいな言い方!
やだっ! やめて……!」
セリアが、しゃくり上げながら顔を上げる。
ゴードンじいさんは、
その涙を親指でそっと拭った。
「終わりなんぞ言うておらん。
むしろ、ここから始まる頼みじゃ」
そう言って、にやりと口角を上げる。
「……ワシを、養ってくれ」
「……え?」
セリアの泣き声がぴたりと止まった。
「もう、畑仕事は終わりじゃ。
腰も足も、この有様じゃからのう」
軽く自分の脚を叩いてみせる。
「それにな、せっかくならじゃ!
豪勢に余生を過ごしたい!
うまい飯を食って、ゴロゴロして、
たまには温泉にでも浸かるのもいいのう!
そうじゃ! 上等な酒も飲みたい!
ホッホッホ!」
「え、えぇ……?」
セリアだけでなく、見ていた俺たちも、
思わず顔を見合わせた。
(……今、このタイミングで言うこと?)
「じ、じいさん?」
カルドですら、少し目を丸くしている。
「老人一人でもそれなりに金はかかるぞい。
薬もいる、飯もいる、寝床もいる。
ワシ、まだ死ぬ気はないからのう。
やりたいことも、まだまだ山ほどある」
ゴードンじいさんは、ケラケラと笑う。
「……できるか、セリア?」
「そ、それは……」
セリアは一瞬、完全に戸惑っていた。
けれど、すぐに表情が引き締まる。
「もちろんです。……おじいちゃんの生活。
私がなんとかします。させてください!」
その顔は、泣き腫らした目のままなのに、
妙に大人びて見えた。
ゴードンじいさんは一度だけ満足げに頷く。
「よし。なら、話は早い」
そして、ぽん、ともう一度。
セリアの頭に優しく、手を置いた。
「セリア。冒険者になれ」
「……え?」
今度は、俺もカルドも同時に固まった。
「たんまり稼いで、ワシを幸せにしてくれ」
じいさんは、真顔で言った。
「何年でも待つ。十年超えても構わん。
お前さんがあちこち連れ回してくれる
そんな未来を楽しみに。
ワシはここでゆっくり構えておる。
だから──一攫千金を目指して、
ワシに夢を見させてくれんかの?」
その言葉で、ようやく全部つながった。
“養ってくれ”は、鎖じゃない。
むしろ、鎖を解き放つための言葉だ。
「ワシに縛られてくれ」じゃなく、
「ワシを養うために旅に出てくれ」と。
(この爺さん……)
そこまでして、セリアに、セリアの為に。
罪悪感を持たせずに旅立たせたい為だと
セリアも、ようやくそれを理解したのだろう。
ぽたぽた、とまた涙がこぼれ始めた。
さっきまでの後悔や自己嫌悪じゃなく、
胸の奥が溢れて止まらない、別の種類の涙だ。
「おじい…ちゃん……」
声がうまく出ないのか。
じいさんを呼ぶことしかできていない。
俺も、視界がにじんで困った。
(……ずるいよな、マジで)
隣を見ると、カルドも同じようだ。
唇をぐっと引き結んでいる。
表情こそ変わらないが、
あいつなりに感情が揺れている。
「なぁに」
ゴードンじいさんは、
またいつものとぼけた調子で笑う。
「数年くらい貯めてきた金でどうにでもなる。
セリアが戻ってきたときに、
ワシがボロボロで倒れておったら、
そんときゃそんときじゃ。ホッホッホ!」
冗談めかして言いながらも、
その瞳はまっすぐだった。
「ワシは、セリアが成長して、
色々と連れて回ってくれる未来を夢見て、
ゆったり待つとしよう。ホッホッホ!」
じいさんのその笑顔は、やっぱり暖かくて。
どうしようもないくらい慈愛に満ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます