014 とある休日の帰宅中 ①

翌朝、陽介はいつもよりゆっくりと校門をくぐった。

昨日よりは気持ちが軽い。けれど――

胸の奥にこびりついた不安だけは、まだ消えていない。


能力はまだ作ってもいないし、配ってもいない。

それでも「もし何かが起きたら」という最悪の想像だけが、しつこく頭を離れなかった。

部室棟の前に立つと、自然と足が止まった。


(……大丈夫。昨日みたいなことは、起きない)


そう言い聞かせるように息を整え、扉へ手を伸ばす。

――そして引いた瞬間、拍子抜けするほど“普通”の光景が迎えた。


「おはようございます、先輩!」


星野が明るく声を上げ、篠原と黒川はパソコンに向かって作業中。

そこに異常の影はひとかけらもない。いつもの穏やかな部屋だった。

今日の議題は、学園祭のゲームに登場させるキャラクター。


「丸くて! ぷよぷよで! ピンクで感情表現豊かな、あの子にしませんか!?」


星野がキラキラした目で“某ピンクの悪魔”を提案してきたが――。


「いや、それは色々アウトだから」


即座に却下。


「えぇぇぇ!?」


部室は笑いに包まれ、和やかな空気が流れた。


結局、戦闘機のようなシルエットをした“無個性機”を操作して、障害物を避けつつ敵を撃破していく形式に決定した。

企画が固まるにつれ、陽介も自然と笑顔になっていった。

世界がどうとか、力がどうとか――

その瞬間だけは全部忘れられるほどに。


……だが、楽しさが落ち着きはじめると、胸のざわつきが再び戻ってくる。

自席で作業しようとすると、どうしても意識がそちらに引き戻されるのだ。


(……本当に、このままでいいのか?)


背中に世界中の命が乗っている――あの言葉がじわじわと重みを増していく。

キーボードを叩いていた手が、ふと止まった。

考えているのは、ゲームのバグじゃない。世界のバグをどう直すのか、ということ。


“配る能力”を作るべきなのか。

作るなら、どんな形にするべきなのか。


頭の中はそのことでいっぱいになっていた。

昼頃、作業がひと区切りつき、部活は解散となった。

陽介は部室を出ながら、誰にも気づかれぬよう深く息を吐く。

楽しさは確かにあった。

けれど――

不安は、日常に溶け込んだ影のように、彼の背を離れなかった。


______________________________________


――その男は、静かに興味を抱いていた。

主が愛する“ただの平凡な惑星”に、ひとつのイレギュラーが芽生えたからだ。


そのイレギュラー――あの少年に遅れて、世界中へ配られた「異能力」。

その力を手にした者の中には悪用する者もいる。

あの少年は、そんな暴走者をひとり、またひとりと止め、記憶を改変し、後始末を続けていた。


(……よくもまあ、折れずに続けるものだ)


自分でさえ骨の折れる“仕事”を、彼は迷いながらも一度も投げ出していない。

その粘り強さには、否応なく感心させられた。


――僕の名は、■■■■。


主から命じられたのは、ある役目。

すべては、主が愛するこの惑星を守るため。

男は“今日の仕事”を終えると、静かに空へと舞い上がった。

向かう先は、ただひとつ。


――あの少年のいる場所。


まだ言葉を交わすつもりはない。ただひと目。

その背負う重荷と、心の揺らぎを、自らの眼で確かめるために。

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