013 『能力創造』

保健室から戻ったあとも、授業の内容は耳に入らなかった。

黒板の文字を追うふりをしていても、意識の大半はさっきの“提案”で埋め尽くされている。


(……配ればいい、か)


そんなこと、していいはずがない。

でも、何もしなければ世界は

――あの声の言ったように“滅ぶ”のか。


放課後のチャイムが鳴る頃には、心は削られたチョークみたいにぼろぼろだった。

校門を出ると、夕暮れが街を赤く染めていた。

昨日より長く感じた一日が、ようやく終わる。

足取りは重い。けれど頭の中は、昨日よりはまだ動いていた。

ぼーっとしていても、どうしても考えが巡る。


(……もし、本当に俺が何かできるなら)


夕焼けに染まった帰り道を、自転車を押しながら歩く。

家に帰ると、玄関で靴を脱ぐのも忘れそうなほどの疲労が押し寄せた。

シャワーを浴び、簡単に夕食を済ませ、布団へ潜り込む。

眠気が来る

――その直前。


(……試してみるか)


アイツの声が蘇る。

胸の奥に刺さったままの、不快な棘のように。

陽介は布団の中で、そっと右手を持ち上げた。


(俺の能力……結局なんなんだ?

“授かれば分かる”って言ってたけど……)


深く呼吸し、意識を集中させる。

その瞬間――

頭の中に、黒いインターフェースのような“感触”が浮かんだ。


(……メニュー?)


理解ではない。

ただ“分かった”。

自分の中にある力の正体。


――『能力創造』


名前は自然と流れ込んできた。


(……能力を、作る? 俺が?)


試しに一つ、概念を思い浮かべる。


(能力を配れる能力……作れるのか?)


黒いインターフェースが淡く光った。


――“生成しますか?”


(……できるんだ)


喉が鳴る。

恐怖と責任、そしてどうしようもない好奇心。


「……あぁ。作るよ」


小さく呟いた瞬間、ぱちん、と何かが接続される。

そして一行の文字が追加された。


――『能力配布』


それは、この世界を変える“可能性”だけを孕んだ力だった。

誰にどう使うか――まだ何一つ決まっていない。

陽介はその文字をぼんやりと見つめ、小さく息を吐いた。


「……やっちゃった、か」


布団に沈み込み、天井を隠している暗闇を見つめる。


(これが……“面白く”するための、第一歩……なのか?)


答えはまだどこにもない。

ただ一つ、“創ってしまった”という事実だけが胸に残る。


その夜――


まだ何も始まっていない。

ただ、“始まる気配”だけが、静かに部屋の空気を震わせていた。

久しぶりに、陽介は早く寝た。まるで現実から一刻も早く目を逸らしたいかのように。

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