第57話 物量

亜里野と無い野の共闘。


 蒼気の防御が、完全に追いつかない。


「――っ!」


 翔馬の蹴りが、蒼気の側頭部を捉え、

 無い野の拳が、腹部を貫く。


 蒼気が後退する。


 ――確実に、押されている。


(翔馬……!予想以上に……!)


 蒼気は蒼を高める。


 だが。


 今までとは違う。


 押し返される。


(厄介!!)


 翔馬の蒼は、折れない。

 無い野の蒼黒は、止まらない。


 蒼気の口元から、

 わずかに血が垂れた。


(血……!俺がこいつら相手に血を……?)


翔馬と無い野は、言葉を交わさない。


 だが――ズレがない。


 翔馬が一歩踏み込めば、

 無い野はその半拍前に死角へ滑り込む。


 無い野が強引に打ち合いに持ち込めば、

 翔馬はその“必ず生まれる隙”を理解した上で、

 防御と追撃を同時に成立させる。


 蒼気の蒼刃が空を裂く。


 ――翔馬が弾く。

 その瞬間、無い野の拳が蒼気の懐に突き刺さる。


「――チッ!」


 蒼気は後退しながら蒼を再構成する。


(隙がない……!)


 次の瞬間。


 蒼気が翔馬の背後へ回り込む。


 完全な死角。


 ――だが。


 死角だった筈の場所には既に無い野がいた。


 無い野は、そこに来るのが分かっていたかのように蹴りを放つ。


 蒼気はそれを防ぎながら、目を見開いた。


(……何故分かる……?)


 問いが、思考をよぎる。


 視線もない。

 合図もない。

 それでも――動きが噛み合い過ぎている。


 蒼気は距離を取り、初めて冷静に二人を見る。


 翔馬。

 無い野。


 別の人格。

 別の生き方。


 ――だが、同じ“身体”。


(……そうか)


 蒼気の中で、答えが繋がる。


(16年……不本意ながらも……)


 16年間すべてが――

 同じ心臓の鼓動を通して共有されてきた。


「封印されていたからこそか……」


 蒼気が呟く。


 その声に、翔馬が一瞬だけ視線を向ける。


 無い野は、嗤った。


「皮肉なものだな蒼気……!俺を亜里野の身体に閉じ込めたのはお前らだ!」


 次の瞬間。


 二人が、同時に踏み込む。


 翔馬は防御を切り捨て、

 無い野は攻撃の精度を上げる。


 互いの“欠けている部分”を、

 互いが補完している。


 蒼気の蒼が、軋む。


「ぐっ……!!」


 初めて、蒼気の表情から

 余裕が消えた。


(人格分裂……!くどいようだが……!厄介!)


 だが同時に――

 蒼気の蒼が、さらに深く、重くなる。


 認めたからこそ、潰す。


 神として。


「野神様の望んだ世界を……!」


 戦場の空気が、再び張り詰める。


翔馬と無い野は、一瞬だけ視線を交わした。


 言葉は、いらない。


現在実力は拮抗している。


 互角――

 それは、敗北と同義だ。


「……ここで決める」


 翔馬が、低く言う。


「黙れ、分かっている……」


 無い野が、歯を剥く。


 次の瞬間――

 二人の蒼の気が、同時に変質した。


「――final form」


 空気が、裂けた。


 翔馬の蒼は、純度を極限まで高めた光へ。

 無い野の蒼は、狂気と破壊衝動を凝縮した黒蒼へ。


 地面が耐え切れず、沈む。

 周囲の瓦礫が、浮かび、砕け、蒸発する。


 ――次元が、1段階上がる。


(final form……!力の解放!)


 蒼気の背筋を、

 久しく感じていなかった感覚が走る。


 ――死。


 可能性としてではない。

 現実としての死の緊張。


(……最後にこれを感じたのは……)


 思考を切り捨て、蒼気は笑った。


「己の未熟さを知れ……!翔馬!無い野!」


 蒼の気が、蒼気の体内で軋みながら再編成される。


 制御。

 抑制。

 効率。


 それらを――すべて解除。


「殺す。」


 その瞬間。


 三人が、同時に消えた。


 ――音が、遅れて来る。


 衝突。

 爆圧。

 衝撃波。


 視界が追いつかない。


 翔馬の拳が蒼気の防御を穿つ寸前、

 無い野の蹴りが死角から叩き込まれる。


 蒼気はそれを読んだ上で、

 蒼の気を“歪ませて”受け流す。


「甘い!」


 反撃の蒼刃。


 だが――

 翔馬は既にそこにいない。


 無い野が笑う。


「蒼気!!」


 蒼気の腹部に、

 重い一撃。


 蒼気は吹き飛ばされ、

 空中で体勢を立て直す。


(……速さも、破壊力も……)


 蒼気の瞳が、鋭く細まる。


 次の瞬間。


 蒼気が、世界を殴った。


 蒼の気が一点に凝縮され、

 空間ごと叩き割る。


 翔馬が蒼鎧を最大出力で展開し、

 無い野がその影に滑り込む。


 衝撃波が街の残骸を消し飛ばす。


 だが――

 二人は、止まらない。


「最大出力……!!」


 翔馬の声が、戦場に響く。


 無い野の咆哮が、重なる。


 三方向からの攻撃。

 時間差。

 死角。


 蒼気は防ぎながら、

 確信する。


(蒼鎧は最大限に展開している……!なのにこの威力!気を抜けば死ぬ!)


「……ならば!」


 蒼気は、構えを変えた。


 三者の蒼が、

 限界を超えてぶつかり合う。


 蒼の奔流。

 光と黒が交錯し、衝突のたびに空間が悲鳴を上げる。


 「無い野!!」


 翔馬が叫ぶ。


 その声に、無い野は既に応えている。


 二人は同時に踏み込み、

 大技を畳み掛けた。


 翔馬の蒼が収束し、

 拳に“意思”が宿る。


 一撃。

 二撃。

 三撃。


 打つたびに軌道が変わり、

 蒼気の防御を削り取っていく。


「チッ……!」


 蒼気が迎撃に回る、その瞬間。


「――隙ありだ!」


 無い野の声。


 黒蒼が、一点に集約される。


 翔馬の攻撃に意識を割いた蒼気の死角へ、

 無い野の全力が叩き込まれる。


 爆音。


 蒼気の身体が、

 初めて大きく吹き飛んだ。


「ッッ!!?」


 瓦礫を貫き、

 地面に深く叩きつけられる。


 ――優勢。


「通じてる……!俺達の攻撃が……!」


 翔馬は息を整えながら、

 蒼の気を再構築する。


 無い野が嗤う。


「効かない訳がないだろう……このまま押し切る。」


 蒼気は、立ち上がる。


 蒼の気が乱れている。

 防御の再構成が、わずかに遅れる。


(肉弾戦では私が不利か……)


 蒼気の内側で、

 焦燥が生まれる。


 だが、休ませない。


「今だ!」


 二人は、さらに攻める。


 防ぐたびに、蒼気の蒼が削られる。


 地形が変わる。

 空が割れる。

 残骸すら、残らない。


 蒼気の膝が、

 一瞬、沈んだ。


 ――決定的。


 無い野が踏み込む。


「終わりだ……!」


 翔馬も同時に、

 最後の蒼を集束させる。


 二つの蒼が、

 完全に重なる。


 連携ではない。

 重ね合わせ。


 蒼気の視界に、

 初めて“敗北”の文字がよぎる。


 だが――


 蒼気の口角が、わずかに上がった。


 翔馬達に嫌な予感が走る。


蒼気は、深く息を吸った。


 その瞬間――

 蒼の気が、溢れた。


 地面から。

 空から。

 蒼気の身体から。


 まるで“世界の蒼の気そのものが彼に集まっている”かのようだった。


「収束……!!」


 蒼気が一歩、前に出る。


 それだけで、

 大気が爆ぜた。


 翔馬と無い野の視界に、

 無数の蒼の塊が映る。


「なっ……!?」


 蒼気の生み出した蒼い球体。


 エネルギーの塊、数は数え切れない。


「来るぞ!!」


 翔馬が叫ぶ。


 無い野が歯を食いしばる。


「避けられない……!」


 次の瞬間。


 蒼気の腕が、振り下ろされた。


「発散!」


 空一面から、

 蒼の弾幕が降り注ぐ。


 避ける暇はない。

 防ぐ暇もない。


 翔馬は蒼鎧を最大展開し、

 無い野は黒蒼を纏って前に出る。


 ドンッ!

 ガガガガガッ!!

 ズドォォン!!


 一発一発が、

 必殺級。


 防いでも、防いでも、

 次が来る。


「くっ……!」


 翔馬の蒼鎧が、

 ヒビを上げる。


「なんて数……!!」


 無い野の黒蒼が、

 削られ、裂け、吹き飛ぶ。


 蒼気は、止めない。


 次。

 さらに次。


 波動を叩きつけ、

 衝撃波を重ね、

 蒼の奔流を押し付ける。


 押す。

 ただ、押す。


 技巧も、間もない。


 圧倒的な出力で、

 二人を後退させ続ける。


 地面が削れ、

 瓦礫が蒸発し、

 視界が蒼一色に染まる。


「……ッ!」


 翔馬の足が、止まった。


 無い野が前に出る。


「下がるな!!」


 だが――


 蒼気が、さらに踏み込む。


 蒼の気が爆発的に増幅し、

 弾幕が“壁”に変わる。


 逃げ場が、消えた。


「――喰らえ」


 蒼気の声は、淡々としていた。


 蒼の洪水。


 防御を押し潰し、

 蒼鎧を引き剥がし、

 final formの出力を強制的に削ぎ落とす。


 翔馬の身体が、宙に浮く。


「ぐあぁぁぁッ!!」


 無い野も、

 黒蒼ごと吹き飛ばされる。


 ――ドォォォォォン!!!


 二人の身体が、

 蒼の奔流に飲み込まれ、

 遥か後方へ弾き飛ばされた。


 final formが、

 耐えきれず解除される。


 蒼が霧散し、

 地面に叩きつけられる二つの影。


 蒼気は、歩みを止めない。


「ハァ……ハァ……さぁ……どうする?」


 勝敗は、

 圧倒的物量で決められた。

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