晴れた霧と晴らした者たち(2)
――半日前、ダイラックが目撃した少女は地上に降りたドラゴンの背に立ち、ひとまずは降りずに周囲の景色を見渡していた。
「広い砂漠ね」
こんな景色を見ていると、しばらく親友と共に身を潜めていた隠れ家を思い出す。あそこでの生活が少し懐かしい。
彼女たちは霧の海域を抜けた後、そこからまっすぐ東へ飛び、大きな都市が前方にあるのを見つけて針路を変えた。そこからは北に向かって飛んで、そしてこの砂漠に出くわした。
周囲に人影は全く無い。だから好都合と考え、地面に降りてみたのである。
おそらくだが、あの街の人々はドラゴンの姿など見たことがないはず。なにせガナン大陸の人間にとっても見慣れない生き物だ。いきなり登場したら恐慌状態に陥らせてしまうだろう。
「海で船乗りっぽい人に見られたけど、大丈夫かしら?」
傍らに立つ親友へ問いかける。彼女は「心配いらない」と風にそよぐ黒髪を手で押さえながら答えた。
「彼は酩酊していた。誰かに話しても酔っ払いの戯言としか思われないだろう」
「そう」
なら安心だと肩の力を抜く。親友が言う以上、おそらくはその通りのはずだから。
「ところで」
金髪碧眼の巨漢が見た目からは想像できない軽い身のこなしで地面に降り立つ。そしてドラゴンを見上げ、問いかけた。
「こいつはどうするつもりだ? まさか、ここに放置していくわけにもいくまい」
「小さくする」
「何?」
「リサイズの加護を再現できないか試してみる」
「奴の能力は非生物限定だったはずだ」
「メイディの加護と組み合わせれば、おそらく生物も対象にできる」
「なんでもありね」
かつての自分もそうだったが、魔素を自在に扱える今の彼女はかなり反則的な存在だ。できないことなどほとんど無いに違いない。
そう言うと、親友は笑って少女の背中を見つめた。
「その剣を使いこなせれば、きっと似たようなことができる」
「顔に出ちゃってた?」
羨望の眼差しを向けていたかもしれない。助言を受け頬を赤く染める少女。
まったく恥ずかしい話だ。あれほどただの人間に戻りたかったと言うのに、それが叶った途端に今度は再び万能の力を欲している。
そしてたしかに、自分もとんでもない剣を手に入れてしまった。あの霧の海の底で。
「こんなとんでもない武器、本当に使いこなせるかしら?」
『素質はある』
頭の中に直接響く声。中性的で若々しく声変わり前の少年の姿を連想させる。この声が聞こえるのはごく一部の限られた者だけらしい。この場の面々は馬とドラゴン以外全員聞き取れるけれど。
『言の葉を大切にせよ。それこそが汝の手にした真の剣なれば』
声は若々しいのに言葉遣いは老人みたいで、どうにもそこに違和感を感じる。
「貴方、昔からそういう口調だったの?」
『そのように設計された』
「なるほど……」
じゃあしかたないかと少女は諦めることにした。この剣は意外と口数が多い。聞いてるうちに慣れるに違いない。
「コトノハ……ね」
概念は理解したのだが、実践はまだ一度だけ。これを使いこなすにも勉強と習熟が必要なはずだ。頑張らなければ。
一方、少女が『声』と話している間に親友はさっき言ったことを実行に移していた。
ところが予想外の結果になってしまった様子である。
「たしかに小さくなったが……本当に同じ生き物か?」
「キュウ……」
目が大きくて全体的に丸っこい羽つきトカゲ。自分の体を不服そうに見回すその愛らしい小動物はさっきまで巨大で雄々しいドラゴンだったもの。変わり果てた姿にいつも冷静な巨漢でさえ同情の念を禁じ得ない。
親友も困り顔で頬を掻く。
「小さくするだけのつもりが……子供になってしまった」
「キュウウゥ……」
悲しげに鳴くドラゴン。ところが少女は喜んだ。
「いいじゃない。その方がずっと可愛い」
「キューキュー」
今度は抗議の鳴き声。そんな怒り方すらもはや愛おしさを増す要因にしかならない。
ならいいかと、親友は早々に元の姿に戻すことを放棄してしまった。
「気に入ったなら面倒を見てやってくれ。ドラゴン、お前も彼女を守るんだ」
幼くとも竜は竜。そこらのごろつき程度なら軽く蹴散らせるはずだと彼女は見積もる。
少女は仔竜を抱き上げる。
「頼もしいじゃない。改めてよろしくねペリドット」
「ペリドット?」
「この子の名前。いつまでも『ドラゴン』なんて呼び名じゃ可哀想だわ。ちゃんと名付けてあげなきゃ」
「たしかに。名は大切だ」
同意する巨漢。親友も「そうだな」と受け入れてくれた。彼女は律儀にペリドットにも謝罪する。
「すっかり忘れてしまっていた、すまない。お前は今からペリドットだ、それで構わないか?」
「……キュウ」
さほど悩まず、すぐに当人、もとい当竜も受け入れてくれた。見かけによらず知能は人間並に高い。
賢い動物と言えば、彼もそう。一緒にドラゴンの背から降りた一頭の馬が誰に言われるでもなく少女の傍に寄って来て屈む。どうぞと騎乗を促すために。
本来の主人である親友が頷いた。
「たしかにそれがいい。今は人間の体だからな」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
他の二人は馬に乗らずとも疲れない。そういう体なのだ。それを知る少女は素直に馬の背に跨る。久しぶりの感触に気分が高揚した。今から歩む未知の世界にも期待を抱く。
「さて、まずはどこへ?」
「情報を集めたい。この地の事情を詳しく知らねば、奴の居場所は突き止められまい」
「ならさっきの街まで戻る? 砂漠には集落もロクに無いでしょ」
「……そうだな」
砂の海の一点を見つめ頷く親友。意味ありげな間を感じた。
「向こうに何かあるの?」
「ある……だが、我々が関わるべきではない場所だ」
「楽園、か」
「楽園?」
「平和な土地だ。神々にそうあることを約束された場所。近付けば巻き込んでしまう、放っておいてやろう」
「キュウ」
親友の言葉を遮るように鳴くペリドット。彼も少女の前にちょこんと座っている。まるでぬいぐるみを一緒に乗せているような絵面。
すると、何故か馬は不機嫌になった。
「ブルルル……」
抗議するかの如く低く嘶く。一方、仔竜は「キュッキュッキュッ」と上機嫌で優越感を示した。この二頭はどうにも折り合いが悪い。
「乗せてやれ」
「ヒヒン」
主人に言われて不承不承頷く馬。
結局、さっき見た街まで戻ってみようということになり、一行は歩き出した。砂漠より手前はなだらかな丘陵になっており、行く先には広い森が広がって見える。あの街はさらにいくつかの森と川、そして山脈を超えた先。
過酷な道のりに思えるが、自分たちなら労せず辿り着けるだろう。
親友は目指す街以外の方向にも目を向ける。
「文化もガナンとはかなり違う。怪しまれないようにまずこちらの服を手に入れて着替えよう。食文化は意外と似ている」
まるで都市の風景やそこで生きる人々の様子が見えているかのように語る親友。
少女は思わず吹き出して笑った。
「無理よ、こんな組み合わせで目立たないはずないわ」
並外れた巨漢に剣を腰に提げた絶世の美女。子竜を連れた少女に気性の荒い馬である。きっとすぐ注目の的になるだろう。
だからと彼女は提案する。
「堂々としていましょう。どうせあの男には、こっちの動向なんて全部筒抜け。だったらコソコソしたって意味が無い」
「それもそうだな」
「うむ」
納得して肩の力を抜く二人。少女は「そうそう」と頷く。
「気楽に行きましょ」
『やはり素質がある』
背中に括り付けた剣は、またそう評した。この少女は強いと。普通の人間の何倍もだ。まるで何人もの願いを織って紡ぎ合わせたかのように強靭でしなやかな魂の持ち主。
彼は、そのような者との出会いを待ち続けていた。
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