第3話 訪問診療③

診療所を出る頃には、外はすっかり夜の帳に包まれていた。

遅い時間だし、近所の店で軽く夕食

――かと思いきや、先生の「行きつけ」へと車は走り出す。


本日二度目のドライブ。

……いや、一度目は往診だ。往診。私はまだ現実を確認している。


「古川さん、疲れてませんか?」


ぼんやり流れる街の灯を眺めていると、気遣うような声が落ちてきた。

横を見ると、先生は少し眉を下げ、苦笑まじりの表情でハンドルを握っている。


「今日は引っ張り回してしまったので」


「大丈夫ですよ。久しぶりに車に乗ったので、むしろ楽しいくらいです。

それを言うなら、ずっと運転してる先生こそお疲れじゃないですか?」


「僕は平気です。……精神的に、古川さんに随分助けられましたから」


「……精神的に?」


思わず首をかしげる。

けれど先生はそれ以上言葉を足さず、ただ穏やかに微笑むだけだった。


やがて車はくねくねと山道を登り、ふっと視界がひらけた。

フロントガラスの向こうに、宝石を散らしたみたいな夜景が広がる。


「わぁ……すごい」


「ここは、僕の癒しの場所なんです」


「確かに。心のもやもやなんて、一気に吹き飛びますね」


「料理も美味しいんです。パワーをもらえる店ですよ」


「最強パワスポですね」


軽口を叩くと、先生は小さく笑った。

往診のあと、どこか影を帯びていた横顔が、ようやくほぐれた気がして

――私は胸の奥でそっと息をつく。


車を降りると、澄んだ夜気が肺いっぱいに満ちた。

風に揺れる先生の髪が街の明かりを受けてきらめき、

横顔が一瞬、儚く見える。


「空気が澄んでいて、心地いいですね」


先生がそう呟いて、店のドアを開けた。

鈴の音が静かに鳴り、柔らかな灯が私たちを迎える。


カウンターの奥から、穏やかな雰囲気をまとった男性が笑顔で現れた。


「やぁ、いらっしゃい」


その瞬間、店の空気が、ほんの少しだけ変わった気がした。

新しい気配に、私は背筋を伸ばす。

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