第44話 蒸気の弾丸、雷光の少女

高度八千メートル。  『エンタープライズ号』の周囲は、鋭い爪と牙を持つ二十体の飛竜(ワイバーン)に取り囲まれていた。


「ギャオオオオオッ!」


 先頭の飛竜が、ゴンドラのガラスを突き破らんと急降下してくる。


「舐めんな、トカゲ野郎! こっちには『回転式連装銃(ガトリング)』があるんだよ!」


 ゴンドラ側面のハッチが開く。  そこに据え付けられていたのは、六本の銃身を束ねた重厚な機関銃だ。  動力は高圧蒸気。火薬ではなく、蒸気圧で弾丸を連続発射する、スチームパンクの申し子だ。


「ヴォルグ、撃てェッ!!」 「おうッ! ミンチになりやがれ!」


 ヴォルグがトリガーを引き絞る。


 ブォォォォォン……ガガガガガガガッ!!


 蒸気が噴出し、銃身が高速回転する。  毎分三千発の鉛弾が、暴風のように吐き出された。  その弾幕は、迫りくる飛竜の翼を蜂の巣にし、鱗を粉砕する。


「ギャッ!? グギャアアアッ!」


 血飛沫を上げて墜落していく飛竜たち。  だが、敵もさるもの。数に任せて死角から回り込んでくる。


「右舷、四時の方向! 三体が来る!」 「くそっ、旋回が追いつかねえ!」


 ヴォルグが叫ぶ。  その時、操縦席の隣にいたナオが動いた。  彼女は自分の腕からケーブルを伸ばし、射撃管制システムに直結した。


「射撃モード、リンク。……私が制御します」


 ナオの瞳が真紅に染まる。  次の瞬間、ガトリングガンの動きが変わった。  ヴォルグが狙いをつけるまでもなく、砲塔が生き物のように動き、予測射撃を開始したのだ。


 ズダダダダッ! ズダダダダッ!


 無駄弾がない。  飛竜が回避行動を取ったその先に、正確に弾丸が置かれている。  一撃必殺(ワン・ショット・キル)。


「すげえ……! 百発百中だ!」 「対象の筋肉の動き、風速、相対速度から未来位置を演算。……回避不能です」


 ナオの淡々とした声と共に、最後の飛竜が墜ちていった。  完全勝利だ。  だが、息つく暇はなかった。


「ケンイチ、前を見て! ……あれは!?」


 エリスが悲鳴のような声を上げた。  雲海を抜けた先に現れたのは、美しい島――ではなく、どす黒い積乱雲の壁だった。  その中で、紫色の雷が無数に奔っている。


「『雷の結界』……! これじゃ近づけない!」


 バリバリバリッ!


 接近しただけで、船体に静電気が走り、計器類が火花を散らす。   「まずい! 電子回路がショートする! 水素ガスに引火したら終わりだ!」


 俺は舵を切って回避しようとしたが、強烈な磁気嵐に捕まり、船体は吸い込まれるように雷雲の中へと流されていく。


「出力低下! エンジンが止まるぞ!」 「駄目だ、制御不能!」


 絶体絶命。  船内が暗闇に包まれ、紫の閃光だけが窓の外で明滅する。  このままでは雷の直撃を受けて爆散する。


 その時、ナオがシートベルトを外し、立ち上がった。


「……エネルギー反応、極大。これを吸収すれば、出力不足を補えます」 「なっ、何を言ってる!? あんな雷を受けたら、お前でも壊れるぞ!」 「否定。私はそのために設計されています。……マスター・ケンイチ」


 彼女は振り返り、初めて微かに微笑んだように見えた。


「私に『名前』をくれましたね。……嬉しかったです」


 ナオは船首へのハッチを開け、暴風吹き荒れる船外へと飛び出した。


「ナオッ!?」


 彼女は船首にある避雷針にしがみつくと、自らの胸部装甲を展開し、内部ケーブルを直接避雷針に接続した。  直後、巨大な稲妻が彼女を直撃した。


 ドガァァァァァァァンッ!!


 視界が真っ白に染まる。   「ナオォォォォォッ!!」


 俺の叫び声は雷鳴にかき消された。  だが、船は爆発しなかった。  ナオの体が眩い光を放ち、降り注ぐ雷をすべて吸い込んでいく。   「エネルギー充填、限界突破(オーバーロード)。……リミッター、解除!」


 彼女の全身から放電現象(プラズマ)が溢れ出す。  吸収した膨大なエネルギーが、彼女の体を介して、停止しかけていた飛行船のエンジンへと逆流する。


 キュイイイイイイィィィィンッ!!!


 死んでいたはずのエンジンが、悲鳴のような高回転音を上げて再始動した。  いや、通常の出力ではない。ブースト状態だ。


「推力、500%! ……行けぇぇぇッ!!」


 ナオの叫びと共に、エンタープライズ号は雷の壁を突き破る「光の矢」となった。  衝撃。  G(重力加速度)が体を押し潰す。


 そして――。


 フッ、と音が消えた。  強烈な光が収まり、俺たちは目を開けた。


「……ここは……」


 そこには、信じられないほど青く、穏やかな空が広がっていた。  そして目の前には、空中に浮かぶ巨大な大地――『天空島』が、その神秘的な姿を現していた。


「……到達、しました……マスター……」


 船首のデッキで、ナオが糸の切れた人形のように崩れ落ちた。  俺は慌てて駆け寄った。  彼女の体は高熱を帯び、あちこちから煙が出ている。  だが、胸のコアは力強く、虹色に輝いていた。


「馬鹿野郎……! 無茶しやがって!」 「……お腹、空きました……」


 俺の腕の中で、彼女はとろんとした目で呟いた。  俺は涙ぐみながら笑った。


「ああ。着いたら特盛のご飯を作ってやる。……よくやったな、ナオ」


 ついに辿り着いた、天空の遺跡。  そこには、古代のビル群が廃墟となって立ち並んでいた。  かつてここに、現代日本以上の文明があった証拠。  そして、その中心にあるタワーから、ナオを呼ぶ信号が出ていた。


 俺たちは降り立つ。  この世界の「真実」と、ナオの「設計者」に出会うために。

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