第43話 天空の地図と、銀色の飛行船

『ゼロ・ベース』の会議室が、青白い光に包まれていた。  ナオの瞳から投射されたホログラム映像が、空間に立体地図を描き出している。


「……現在地より北北西、距離800キロメートル。高度8,000メートル。ここに『座標軸(ターゲット)』が存在します」


 ナオが指差した先。そこには、雲海の上にポツンと浮かぶ「島」が映っていた。  地上のどこにも属さない、空中の孤島。


「空飛ぶ島だと? おとぎ話じゃあるまいし」


 ヴォルグが信じられないといった顔で首を振る。  だが、エリスは真剣な表情だった。


「いいえ、伝説にはあるわ。『天空の回廊』……かつて神々が住んだ場所。でも、あそこには強力な風の結界があって、どんな鳥も、ワイバーンでさえ近づけないはずよ」 「高度8,000メートルか。酸素も薄いし、極寒の世界だな」


 俺は腕組みをした。  エベレストの山頂に近い高さだ。生身で飛んでいけば凍死か窒息する。  だが、ナオの製作者(アーキテクト)に会うには、そこへ行くしかない。


「ドーガン親方。蒸気機関車(クロガネ)のエンジンを、もっと軽く、小さくできるか?」 「ああん? まあ、出力は落ちるが、アルミ合金を使えば可能だが……何に使うんだ?」


 俺はホワイトボードに、巨大な葉巻型の図面を描いた。


「これを作る。……**『飛行船』**だ」


 ***


 翌日から、前代未聞のプロジェクトが始まった。  『プロジェクト・スカイ』。


 まずは「浮力」の確保だ。  俺は科学の力を使った。水の電気分解プラントを建設し、大量の**『水素ガス』**を生成する。  水素は燃えやすく危険だが、異世界には便利なものがある。  エリスに頼んで『火気厳禁の結界』と『耐火魔法』を施した特殊な絹(シルク)で、巨大なガス袋(気嚢)を縫い上げてもらったのだ。


 次に「船体」。  ドーガン率いるドワーフ部隊が、軽量かつ頑丈なジュラルミン(アルミと銅の合金)のフレームを組み上げる。  その下部に、客室となるゴンドラと、プロペラを回すための小型蒸気エンジンを取り付ける。


 作業を見つめるナオが、不思議そうに問いかけてきた。


「マスター。なぜ、そこまでするのですか? 私はただの道具です。廃棄して、新しい個体を作ったほうが効率的では?」 「馬鹿言うな。俺は効率のために生きてるんじゃない」


 俺はスパナ片手に笑った。


「それに、男なら誰だって『空』に憧れるもんだ。お前の記憶探しは、俺たちにとっても最高の冒険なんだよ」 「……冒険。定義照合……不明。ですが、胸部ユニットの温度が上昇しています」


 ナオは胸に手を当てた。それが「ワクワク」という感情だと、彼女はまだ気づいていない。


 ***


 一ヶ月後。  『ゼロ・ベース』の広場に、全長五十メートルの銀色の巨鯨が横たわっていた。  硬式飛行船**『エンタープライズ号』**。    ゴンドラには、俺、ナオ、エリス、ヴォルグ、そして機関長のドーガンが乗り込んだ。  客室は与圧され、酸素供給装置も完備している。


「水素ガス充填完了! 浮力よし!」 「エンジン始動! 蒸気圧正常!」


 俺は操舵輪を握りしめた。


「抜錨(ばつびょう)! テイクオフ!」


 係留ロープが解かれる。  ふわり、と巨体が地面を離れた。    ブロロロロロ……ッ!


 後部のプロペラが回転し、船体を前へと押し出す。  高度が上がるにつれ、地上の景色がミニチュアのように小さくなっていく。  鉄道の線路が細い糸になり、工場が積み木になる。


「すっげえ……! 俺たちが、雲より高く飛んでるぞ!」 「見てケンイチ! 世界が丸いのが分かるわ!」


 ヴォルグとエリスが窓に張り付いてはしゃいでいる。  俺たちは雲海を抜けた。  そこには、どこまでも広がる蒼穹(そうきゅう)と、太陽の輝きだけがあった。


「ナオ、進路はどうだ?」 「正常。ターゲットまであと二時間。……マスター、景色が……とても綺麗です」


 ナオの無機質な瞳に、青い空が映り込んでいた。


 順調な航海。  だが、空は人間の領域ではない。そこには先住者たちがいる。


 『ギャアアアアアアアッ!!』


 突如、甲高い咆哮が響き、船体が大きく揺れた。  レーダー代わりの【探知魔法】が警報を鳴らす。


「敵影確認! 三時の方向より急速接近! これは……!」


 雲を割って現れたのは、翼長十メートルを超える飛竜(ワイバーン)の群れだった。  その数、二十体以上。  彼らにとって、この空飛ぶ銀色の鯨は、格好の獲物に他ならない。


「チッ、空のギャングか! ドーガン、全速前進だ!」 「あいよ! ボイラーが爆発しても知らねえぞ!」 「ヴォルグ、迎撃用意! 俺たちの『対空兵器』を見せてやれ!」


 俺は操舵輪を切り、雲の中へとダイブした。  飛行船vsドラゴン。  前代未聞の空中戦(ドッグファイト)が始まる。


 だが、俺には秘策があった。  この船には、ただ飛ぶだけでなく、空の敵を撃ち落とすための「連装機銃(ガトリングガン)」――もちろん、ゴム弾や催涙弾ではない、本気の実弾仕様――が搭載されているのだ。


「ナオ、射撃管制を頼む!」 「了解。弾道計算、ロックオン。……排除します」


 ナオの瞳が、戦闘モードの赤色に染まった。

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