部活と日常

部活と日常


 入学して4日が経った。授業は相変わらず退屈で、毎日を部室で過ごしていた。部長、御影朔夜みかげさくやは、やはりつかみどころがなく、沸点がわからない。だからこそ、退屈はしなかった。

 「王子さまは本当にあの空の星のどこかにいるのかしら?」

何の話ですか?と聞くと彼女は読んでいた本に栞をはさみ、私の横に腰かけた。

「あなた、星の王子さまを読んだことはあるかしら?」

「ああ、何となくですけど。あんまり内容覚えてないですね」

「そう、でしたらかいつまんで説明をするのだけれど、王子さまは終盤で主人公の『私』にこういいますの」

『夜になったら星を眺めてね。ぼくの星はとても小さいから、どこにあるか教えてあげるわけにはいかない。だけどそのほうがいい。僕の星は……星のうちのどれか一つだということだから。それできみは星全部を眺めるのが好きになる。星がみんな友達になるよ』

「それからもうひとつ」

『君が夜、空を見上げると、あの星の一つにぼくが住んでるんだから、その星の中の一つでぼくが笑ってるんだから、きみにとっては全部の星が笑ってるようなものだ』

彼女はこれを暗記しているのだから本当に本が好きなのだろうと思った。

「わたくしは、そうは思いませんの」

「どういうことですか?」

彼女はソファーから立ち上がり身振り手振りを使いながら語り始めた。

「例えば、わたくしが愛でている花があるとするわね。それが全く同じ種類の花で満たされた花畑に植えなおされると、わたくしはその花を探し始めるでしょう。そうしてやっぱり見つけられないと、わたくしはその花畑を、その花を、そして愛でていた花がどれかすらもわからない自分自身をひどく恨むことになるでしょうね」

彼女は静かに紅茶に口をつけるとこう続けた。

「わからない、というのは逃げですわ。本当に大切ならその星の一つ一つを探して、王子さまの星を探すべきですわ。無粋かもしれないけれどね」

「まぁ、わからなくもないですけど…私そんなふうに思ったことないですね」

あら、続けて、と朔夜が促すと私も立ち上がり本棚を眺めた。

「私は無気力人間ですから、その物語を素直に受け入れます。作者がそういう解釈をしているのなら私もその解釈に則ります。一番、失敗しないので」

そうして本棚を仰ぐように手を動かす。

「ここにあるすべての本、わたしの解釈はそれぞれひとつずつです。けれど御影先輩ならいろんな解釈をされるのでしょうね。私は本当にそれがうらやましい」

そういうと彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「わたくし、人と本について熱弁したことがなかったもので、つい嬉しくなってしまいましたわ」

そういいながら彼女はデスクから一冊の本を私に手渡した。

「星の王子さま、よかったら読んでくださる?改めてあなたの意見をきかせてもらいたいの」

そんな期待された表情をされたら断れないじゃないか。そう思いながら時間を確認するためにスマホを覗くと、黒画面に満足げな顔をした私が反射していた。


 翌週から正式に部活動が始まった。美緒は演劇部に入るらしい。私は書類が受理されてそのまま文芸部に入部することになった。

 「部長、星の王子さまって難しいんですね」

「あら、藪から棒にどうしたのかしら?」

「だって、最初は地球から始まって、そうして王子さまの回想パートに入るじゃないですか。どうやって星々を移動しているかも説明されませんし、王子さまが向かう星には変な大人だけがいて、それってフィクションとはいえどつかみどころがないように感じたんですよね」

「あら、たしかにそれもそうね…ちなみにあなたは、あとがきだったり、解説だったりは読むのかしら?」

「読むのは読むんですけど、なんか長かったので止めちゃいました」

「まあ、素直、というにはあまりにも愚直な答えね…けれど、そのふてぶてしさこそあなたの魅力なのかもしれないわね…」

ふてぶてしい、と言われムッとした顔をすると朔夜ははじけたように笑った。

 一通り笑い終えると朔夜は息を整えた。

「失礼、わたくし、幼いころから家が厳しくてね、本だけが私のよりどころでしたの。だから、つい、本の前に立つと素が出てしまうの。さっきわたくしが笑ったことも、今の告白も、全部、わたくしたち二人だけの秘密ですからね?」

そういいながら朔夜は私に小指を差し出した。私も小指を差し出し指切りげんまんを行う。

 朔夜は晴れやかに微笑み、指を切った。


 「朔夜先輩、この栞って近所の図書館の栞ですよね?」

朔夜から借りた星の王子さまに挟まっていた栞を眺めながら問いかける。栞にはヒガンバナのイラストが簡素に書かれている。

部活動が始まって一か月経った今では、お嬢様のことは名前で呼ぶようになったし、ソファには横になって本を読んでいる。理想通りの楽な部活だ。

「あら、お気づきになられたのね。でもヒガンバナなんて縁起が悪いことだと思わない?」

そういわれて、考える。ヒガンバナ…墓地や彼岸に咲くことから不吉を連想させるんだっけ。

「まあ、たしかに。でもきれいじゃないですか。どんなに幸運でも汚い花より少し不幸なきれいな花の方が私は好きですね」

「たしかに、素敵な考えね」といい朔夜は考え込む。

「そういえば、わたくしとあなたは正反対の考えを持つと思わなくって?」

「というと?」

「わたくしは何かを疑って生きるけれど、あなたはすぐに受け入れるわね。わたくし、よくよく考えれば部活動紹介の時半ば強引にあなたに迫りましたわね」

それはそうだ。ご丁寧に入り口側に座ることで私の逃げ道までふさいでくれたおかげで私はイエスとしか言えなかった。

「でもあなたは、脅された人間のような答えではなく、最初からそのつもりだ、とでも言わんばかりの答えをわたくしにくださったの。わたくし、あのとき実は深く感嘆しておりましたのよ」

「確かに、朔夜先輩に押されたのもありましたけど、もとから部活入るなら文芸部って決めてたので。それに正直言うと、朔夜先輩のこと面白そうだなって思ったのも原因です」

朔夜は怪訝な表情を浮かべ、続けて?言うように私に手を差し出した。

「私、日常って平坦で、面白くなくて、つまらなくって。でも、自分からそれを変えるほどの力もやる気もありませんから。だから、すべてを冷笑して生きてました。でも、朔夜先輩はお茶目なところもあって、本のことになると目が輝いて、そういうところが凡人とは違うなって、そう思って今もここに居るんです」

朔夜は顔を赤らめながら私の肩を小突いた。

「恥ずかしいからもうおやめになられて…わたくしは素が出ることを恥じているのですよ…?」

弱気になった彼女を見ると、何か心がざわざわと動いた。

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