第12話 ちったぁ反省しろ……
「……」
俺はため息をついた。
「……あーあ」
俺は眼鏡に手をかけた。
認識阻害のアーティファクト。
これを外せば、俺はただの「桐生透」に戻る。
いや──。
十年前に死んだ、「霧生」に戻る──。
俺は眼鏡を外し、胸ポケットにしまった。
そして、前髪を乱雑にかき上げた。
露わになった額。
鋭くなった眼光。
スイッチが切り替わる。
「さぁ、どうだろうな。俺がテメェの知る霧生か、知らねぇ桐生なのかは分からねぇが……」
低く、ドスの利いた声が出た。
意識して出しているわけではない。これが十年前の俺の「地」だ。
「ひっ……!」
蓮が喉を引きつらせて後ずさる。
その反応が答え合わせだ。
俺は冷たい目で、かつての『後輩』を見下ろした。
「どうして……?一条さんからキリュウさんは死んだって聞かされてたのに……!?」
「一条、か」
俺はかつての仲間を想う。
だが──今はそんなことはどうでもいい。
「あの野郎はいずれ殺す。俺をハメた罪を償わせてやる。だが……その前に」
「あ、あ、あ……ッ!」
俺は連を睨みつける。それだけで連は過呼吸になった。
「蓮よぉ……テメェ、俺がいなかった間に随分と偉くなったもんだなぁ。ついでに元々腐ってた性根も更に腐ってやがる」
「あ、ご、ごめ……ごめんなさ……い……」
蓮が涙目で俺を見上げる。
その目は『孤児院』で何度も見た、あの目だ。
俺をセンパイと。俺を兄貴と慕う、あの目……。
「……まぁ、テメェの性根が腐りきろうがどうでもいい。テメェに恨みはねぇからな」
そして俺は吐き捨てるように呟く。
「チッ……本性なんざ出してもいいこたぁねぇ。折角十年間隠してたのによ」
俺は蓮の目の前に屈み込み、襟首を掴んで引き寄せた。
「いいか、今の俺はただの底辺配信者だ。テメェの知ってる『キリュウ』はもういねぇ。……二度と俺に関わるな。まりあにも凛にも手をだすな。後、誰かに俺の事を漏らしたら殺してやる。一族郎党皆殺しにしてやるから覚悟しろ……」
「ひぃっ! わ、わかった! わかりました! 俺は何も見てません!だから、許してくれぇ、センパイ!」
蓮は涙と鼻水を流して頷いた。
完全に心が折れている。
恐怖条件付け完了。これでもう、俺に逆らうことはないだろう。
まぁ、こいつは元々俺に逆らわないゴミだったが。
俺は手を離すと、立ち上がった。
そして、ポケットから眼鏡を取り出してかけた。
かき上げていた髪を下ろす。
ふぅ、と息を吐く。
スイッチ、オフ。
「……なーんちゃって! どうです? 今の演技」
俺は振り返り、満面の笑みでまりあと凛にピースした。
「昔の悪役をイメージしてみたんですけど、迫力ありました? 役者もいけるかな、俺」
話の内容までは聞こえていなかったはずだが……喋り方はなんとなく聞こえたかもしれない。
なんとか誤魔化さないとな。
「……」
「……」
二人は、凍りついたように固まっていた。
まりあは顔を引きつらせ、凛は眼鏡の奥の目を鋭く細めている。
「透くん。今の、本当に演技?」
「もちろんですよ。あんなオラオラしたキャラ、俺に似合わないでしょ?」
「……そ、そうだよね! びっくりしたぁ……なんか、空気が変わったっていうか、別人が乗り移ったみたいだったもん」
まりあは努めて明るく笑ったが、目は笑っていなかった。
本能が警鐘を鳴らしているのだろう。
──今の俺が、ただの演技ではなかったと。
凛に至っては、無言でメモを取っている。
『対象の二重人格性について要調査』とか書かれているに違いない。
「さて、行きましょうか! ボスが待ってます!」
俺は強引に話を打ち切り、ボス部屋の扉に手をかけた。
背中で、蓮たちの逃げる足音が聞こえる。
これでいい。荷物も持ってったから帰ることは出来るだろう。
あいつには……別に恨みはない。
ここからは――今の俺のターンだ。
◇ ◇ ◇
重厚な石扉が、轟音と共に開く。
その先にあるのは、第一層の支配者が待つ広間だ。
本来なら、S級パーティである『蒼穹の剣』が華麗に攻略するはずだった場所。
それを、今から俺たちが横取りする。
「準備はいいですか?」
「う、うん! この杖があればボスのワンパンも夢じゃないかも!」
まりあが杖を構える。まだ少し顔色が青いが、気丈に振る舞っている。
凛も静かに銃のスライドを引いた。
「……警護対象の安全確保のため、障害を排除します」
俺は眼鏡の位置を直した。
「じゃあ、サクッと終わらせて帰りましょう。明日は会社ですし」
俺たちは、ボス部屋へと足を踏み入れた。
《 ボスバトル開始:エルダー・トレント 》
部屋の中央に鎮座していたのは、巨大な枯れ木のようなモンスターだった。
エルダー・トレント。
無数の根を触手のように操り、酸の樹液を撒き散らす厄介な相手だ。
だが。
今の俺たちにとっては――。
「まずはアタシが行く!」
まりあが飛び出した。
精霊樹の杖を掲げ、詠唱を開始する。
「螺旋の炎よ、全てを焼き尽くせ! スパイラル・フレア!」
杖の先端から紅蓮の炎が螺旋状に放たれた。
それは蛇のようにのた打ち回りながらエルダー・トレントに直撃する。
「ギャアアアアアッ!」
ボスが悲鳴を上げる。
枝葉が燃え上がり、幹の一部が炭化していく。
素晴らしい威力だ。本来なら中級魔法レベルだが、杖の補正で上級魔法並みの火力が出ている。
「やった!?」
まりあが期待の声を上げる。
だが。
ズズズ……。
燃えた枝葉が、急速に再生していく。
周囲の魔素を吸収し、傷口を塞いでいくのだ。
「うそ……再生した!?」
「植物系は生命力が高いんです。特にこいつは、根から地脈の魔力を吸い上げている。中途半端な火力では、すぐに再生されます」
俺は冷静に分析した。
倒すには、再生能力を上回る火力で一気に消し炭にするか、魔力の供給源である核をピンポイントで破壊するしかない。
「そんな……アタシの最大火力だったのに……」
まりあが杖を下ろす。
MPもかなり消費したようだ。肩で息をしている。
エルダー・トレントが反撃に出た。
無数の根が、槍のように襲いかかってくる。
「くっ!」
凛が二丁拳銃で応戦する。
正確無比な射撃が根を弾くが、数が多すぎる。
「桐生さん! ここは一旦退いて、体勢を……!」
「いえ、面倒なんで終わらせましょう」
俺は一歩前に出た。
「あのー、視聴者の皆さん。ちょっとグロいシーンになるかもしれないんで、一旦配信切りますねー」
俺はドローンに向かって手を振り、操作パネルをタップした。
プツン、と画面が暗くなる……はずだった。
だが、俺は気づいていなかった。
タップが反応していなかったことに。
そして、ドローンのカメラが、まだバッチリ回っていることに。
「ふゥ……」
俺は息を吸い込んだ。
眼鏡の位置を直す。
俺は無造作に、ボスに向かって歩き出した。
襲い来る根の槍。
俺はそれを、デコピンで弾いた。
パァン!
衝撃波が発生し、数十本の根がまとめて粉砕される。
「「え?」」
まりあと凛の声が重なった。
俺は止まらない。
ボスの懐まで一瞬で踏み込む。
エルダー・トレントが恐怖を感じたのか、幹にある巨大な口を開け、酸のブレスを吐こうとした。
「汚ぇな。口を閉じろゴミが」
俺は下からアッパーカットのような掌底を放った。
ただの掌底ではない。
接触の瞬間に魔力を炸裂させる発勁の応用技。
ドォォォォォォォォン!!
ボスの巨体が浮いた。
いや、消えた。
俺の一撃はボスの顎を砕き、そのまま頭部を突き抜け、天井まで衝撃を貫通させたのだ。
エルダー・トレントの上半身が消滅していた。
残った下半身がドサリと崩れ落ちる。
再生する暇もない、完全なるオーバーキル。
「……力入れすぎた」
俺は手を振って付着した木屑を払った。
振り返ると、まりあと凛が石像のように固まっていた。
「……終わりましたよ。やっぱり火には弱かったみたいですね」
「どこの次元の話!?」
まりあがツッコミを入れた。
「今、素手でやったよね!? デコピンで根っこ消し飛んでたよね!?」
「いえいえ、あれは火弾という初級魔法でして……」
「嘘つけ! 魔力の光なんて見えなかったよ!」
「見えないくらい速かったんですよ」
俺は適当に誤魔化しながら、スマホを取り出した。
さあ、配信再開して、みんなに報告を――。
そこで俺は固まった。
画面には『LIVE』の赤い文字。
そして秒速で流れるコメントの滝。
『wwwwwwwww』
『見えちゃいけないものが見えた』
『放送事故キタコレ』
『配信切れてない定期』
『透明人間さん、うっかり世界を救う』
『デコピンつえええええええ』
『掌底でボスが消滅した件について』
『これは国家機密ですね間違いない』
『本性バレバレで草』
「…………」
俺はそっとスマホを閉じた。
そして、ドローンを見上げた。
ドローンは、まるで「見ちゃいました」とでも言うように、赤いランプを点滅させていた。
「あー、今の、CGですから」
俺はドローンに向かってピースした。
『無理があるwww』
『CG(物理)』
『言い訳が雑すぎる』
『もう手遅れだぞ』
『切り抜き班、仕事しろ』
こうして。
俺たちの冒険は終わった。
……とんでもない盛り上がりを見せて……。
「……帰りましょう」
石になったまりあと凛を放置して俺は出口の魔法陣へと向かった。
もういい。
何もかも忘れて、家に帰って寝たい。
「あ、待ってよ透くん! アタシも帰る!」
まりあが慌てて追いかけてくる。
凛もため息を一つついてから、俺たちの後を追った。
魔法陣が輝き、景色が歪む。
ダンジョン特有の湿った空気が、地上の乾いた空気へと変わる。
帰還。
長かった一日が終わる――はずだった。
「出てきたぞおおおおおおおおおお!!」
「透明人間だ! 本物だ!!」
「こっち向いてくださーい! 目線くださーい!」
「九条連を殴ったというのは本当ですか!?」
「あの一撃は魔法ですか? それとも純粋な腕力ですか!?」
光が薄れた瞬間、俺たちの視界を埋め尽くしたのは、無数のフラッシュだった。
カメラ。
マイク。
人。
ダンジョンの入り口前広場は、黒山の人だかりになっていた。
マスコミだけではない。野次馬や、スマホを掲げた配信者たちもいる。
数百、いや千人近い人間が、俺たちを取り囲んでいた。
「な、なにこれ……!?」
まりあが怯えて俺の背中に隠れる。
人気配信者の彼女でさ、この異様な熱気には引いているようだ。
「……どうやら、配信の影響力を見誤っていたようですね」
凛が苦々しい顔で言った。
彼女がすぐに耳元のインカムを押さえる。
「こちら神崎。、状況が……ええ、カオスです。機動隊の増援を……何? 間に合わない?」
どうやら国家権力をもっても、この暴走した群衆は止められないらしい。
「透さん! 透さんですよね! 一言お願いします!」
「S級モンスターをワンパンした感想を!」
「お顔を見せてください! その眼鏡の下はイケメンという噂ですが!」
リポーターたちが、バリケードを突破してマイクを突きつけてくる。
俺は呆然と立ち尽くした。
終わりだ。
俺の「目立たず平穏な底辺配信者ライフ」は音を立てて崩れ去った。
国家機密?
監視対象?
そんな裏の設定なんて関係ない。
今、俺は日本で一番有名な「時の人」になってしまったのだ。
「……はは」
乾いた笑いが出た。
遠くで、ボロボロになった『蒼穹の剣』のメンバーたちが、誰にも相手にされずに救急車に運び込まれていくのが見えた。
「……」
一瞬だけ。蓮と目が合ったような気がした。
あいつの目は、小さい頃と変わらなくて──
「ちったぁ反省しろ……」
俺の呟きは群衆の歓声にかき消されて、誰にも届かなかった。
こうして。
底辺配信者だった俺の、長くて騒がしい一日が幕を閉じた。
だが、これは始まりに過ぎない。
世界が俺を放っておかない。
かつての過去が、因縁が、そして新たな強敵たちが俺のもとへ集まってくる。
俺の安息の日は、まだ当分来そうになかった。
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