第2話 敵は人か仕事かお天気か
深夜零時半、通常の弁当が予定の全量出来上がった。
いよいよ恵方巻に取り掛かる。
「ちょっとお、三千本って言ってたけどさ、あれって太巻きの事で、他に細巻き八百と通常の巻きが千本いるらしいわよ」
九時組の補充係、二十九歳の
「マジぃ? なによ、それ。詐欺じゃない!」
九時組ラインで
いつもよりスピード増し増しで通常弁当を完了させたパート全員が、今はいわゆるランナーズハイのような状態なのかもしれない。そのテンションのまま恵方巻作りに突入する。
全員、肩を回したり、指をほぐしたり気合い充分で配置につく。今にもその背中にゼッケンが浮かび上がりそうだ。
人数の少ない九時組は細巻きと通常巻き。全員揃っている八時組(軍団)は太巻き。それが最初のフォーメーションとなる。
対する敵は恵方巻四千八百本。いよいよスタートだ。
太巻きのトップバッターは
次に構えるのは干ぴょうと椎茸を手にした
その後に控える面々もそれぞれに日頃の技を駆使して、良子のスピードについてゆく。きっと全員、アドレナリンか何か出まくっている。
最後に控えるのは
得意とするのは割りばし付け。その後、出来上がった弁当をケースに入れるところまでが担当になる。
セロテープで弁当容器に貼り付けるだけ、と思うだろうが実は激ムズなのである。ゴム手を付けた手でテープを扱うのがまず難しい。それに中身の入った弁当容器だから傾けるわけにはいかない。その状態で端っこまできっちり貼り付けないと他の弁当容器にくっついて始末が悪い。次々流れ着く弁当に慌てることなく割りばしを貼り付けケースに収めてゆく。このスピードでこれが出来るのは黒田花、ただ一人。
細巻き組も負けてはいない。何より若い。細巻きは四人いれば出来るから二手に分かれ直ぐに完成。早々に通常巻きに取り掛かる。
だが、残念ながらここで九時組の欠点が露呈した。
軍団のラインとの明らかなスピード差。加えて、ちょいちょいラインが止まる。止めざるを得ない状況になる。
それに冷ややかな視線を送る軍団メンバーは更に勢いを増して突っ走る。
安定の八時組に比べ九時組は玉石混交。個々の技量に差があり過ぎるのだ。
この時間帯に働く人間には一時的な事情がある場合が多く、事情が解消すれば辞めていくから長期で働いているベテランが少ない。そうなると、器用な者とそうでない者の差がはっきりと出るのだ。
八時組も最初はそうだったのだろうが既に淘汰は終わり、今では意に添わぬ新メンバーは追い出すスタイルを確立している。但し、高齢化が進んでいるから数年後にはこの軍団も崩壊のときを迎えるはずだ。
多分それを見越した会社が新たに九時からの時間帯のパート募集をはじめたのだと思う。
多恵自身は昼間に自由になる時間が欲しかったのと、親の残した実家に一人住まいだからそんなに稼ぐ必要もない事と、昨年二十六歳で勤めていた会社を辞めて以来、正社員というのが嫌になっていたりで、半年前にこの職についた。気が変わらなければ長期で働くつもりだが、そんな人間は少数派だ。
「もの凄い雪だよ」
深夜三時をまわった頃、少ない男性パートの
彼はラインの最後、出来上がった弁当を入れたケースを回収して配送トラックエリアまで運んだり、空の弁当ケースを運び込んで配置したりという力のいる仕事を担当している。
夜中一時に一旦退社し、別の仕事をこなしたあと、恵方巻のために今日だけは再度出勤してきてくれたようだ。
片山の不在中、代わりを務めていたのは
「もの凄い雪だよ」
その片山の言葉にはどよめきが起きた。正直、誰もが雪の事など忘れていた。片山の言葉で現実に引き戻された格好だ。いや、恵方巻作りは紛れもない現実中の現実ではあるのだが。
「帰れるのかなあ?」
「車、きっともう埋まってるよね……」
「あー、明日は朝から仕事なのにぃ」
あちこちから溜め息混じりの呟きが聞こえる。
この時点で細巻きは八百本完了。
太巻きは二千本強、通常巻きは五百本完成。
残りは締めて千五百本。ざっと四時過ぎには帰れる算段だ。
そう、雪さえなければ。
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