恵方巻の夜

ゆかり

第1話 最恐パート軍団

 夜八時半。

『〇〇県全域に大雪の恐れがあります。運転には十分気を付けて下さい』

 ナビがそう告げた。

 少々の雪なら大丈夫だ。タイヤはオールシーズンを履いている。

「問題は帰り道か……」

 話し相手もいない車内で多惠たえは呟く。帰りは深夜二時前になるはずだ。

(去年の大雪のときも大丈夫だったし、うん、問題ない)

 自分にそう言い聞かせ多惠はアクセルを踏んだ。



 工場の駐車場はいつもに比べ空いている。大雪予報を聞いて急遽休むことにした人が多いのかもしれない。

 ——あれ? でも、今日って恵方巻の日じゃん。休みが多いと大変なんじゃない?


 そう、今日は節分前夜。二月二日。



 覚悟はしていたものの、やはり残業。

 通常の弁当に加え恵方巻を三千本作らねばならないという。


「昼勤の人たちは何してたのよ?」

「はあ? 無理でしょ? 朝までかかるわよ」

 夜勤のパートたちが口々に不満の声を上げる。断れば良いだけなのだが、その分、他のパートに負担がかかるのはわかっているし、案外みんな責任感が強い。不満を口にした時点でOKと言っているようなものだった。


「八時からの人たちも残ってくれるので……」

 クセモノ揃いの深夜パートを束ねる三十代の男性社員、大木おおき主任は常に強気だ。彼には多恵たちより一時間早い八時に入る『最恐パート軍団』という強い味方がついている。


 お弁当のラインはスポーツじみていて個人の手早さに加えチームワークも要求される。その意味でこの軍団は間違いなく一軍。他のパートさんからは一目置かれている。その上、就業年数が長く年齢層やや高め。言いたい事をずけずけ言う人揃い。


 そんな最強軍団に欠員が出ると他のグループから助っ人に行くのだが、これが針の筵。

 少しでもモタモタすれば罵声と嘲笑を浴びる。

 ラインを止めようものなら

「主任! 仕事にならないですよぉ! 交代お願いしまーす」

 と叫ばれる。

 

 この軍団のラインコンベアの初っ端は相田真知子あいだまちこ。ライン全体のペースメーカーだ。

 左手でプラスチックの弁当容器を取り、右手で米飯を適量入れその上にゴマと梅干しを乗せラインコンベアに送り出す。一個当たり三秒~四秒。


 そこからコンベアの左右に並んだ軍団の精鋭たちが阿修羅王のような形相と手さばきでおかずやバラン、タルタルソースなどを盛り付けてゆく。両手に二個ないし三個ずつ掴んで容器内の決められた場所に置いてゆくのだ。コロンと転げて他の場所を侵略すればラインの下流から罵声が飛ぶ。

 結構なスピードで流れてゆく容器に一人当たりいくつかのおかずを置いていくわけだから自分の置くべき場所が塞がっていては遅れにつながる。その遅れが重なればラインを止める羽目になる。


 助っ人はわざと意地悪で場所を塞がれる事がある。

 この場合は苦情も言えない。

 多恵が初めて入ったときもやられた。

 仕方なく、乗せるべきおかずを掴んだ指以外で場所を空けつつなんとか乗せた。

(ほう。やるな……)

(もっとハードル上げる?)

(何個か続けてみ?)

 軍団の目配りの気配から、そんな声無き声が聞こえる。

 そうしている間に身体の左右に配置したおかずのケースが空になる。その前に補充係の人に声を掛けて補充してもらうのだが、ここも恰好の意地悪ポイント。わざとギリギリに補充、ならまだマシで、一呼吸遅らせて補充なんてこともよくある。

 多恵は補充係の死角にいくつかストックしておくことでその場を凌いだ。


 こうして初助っ人を乗り切って以来、何故か多恵に対する軍団の当たりが柔らかくなった。それは良いが、おかげでチョイチョイ指名が掛かるようになってしまった。

多恵たえちゃん、今日頼むわ」

 気安く名前で呼ばれるようにまでなっている。

 以前からのパートさんならまだしも、新人さんには軍団の仲間だと勘違いされないかと心配なのだ。

 ただ、このラインで仕事を終えた後は妙な爽快感と高揚感があって楽しいのもまた事実。もっとも、作業中の緊張感には未だに脂汗の出る多恵ではあったが。


 たかが弁当ラインと言うなかれ。ラインを止めるな! なのである。



 そして今夜の恵方巻。

 軍団と九時組は三千本を巻ききる事が出来るのだろうか?

 巻ききったとして、大雪予報の中、配送トラックは無事に出発できるのだろうか?

 何よりここにいる全員、ちゃんと家に帰れるのだろうか?

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