第2話・ヒメ様

「イヌ! ちょっと来なさい!」

「はい! ヒメ様!」

 檻宮さんが我が演劇部を代表する王子様とするのなら、彼女――ヒメ様こと浦媛うらひめ 希乃きのさん――はその名のとおり、お姫様で間違いありません。その見た目も、振る舞いも。

「これでどう? たぶん五分くらいでまとまってると思うけど」

「わー! 読ませてくださいっ」

 私と檻宮さん、ヒメ様、そしてもう一人の同期の田辺たなべちゃんも合わせて四人全員、無事に二年生となった私たちは、さっそく一つの問題に直面していました。

「いいと思います! 特にこの! 檻宮さんが椅子に座ってぼんやり空を眺めるシーン! 絶対さまになりますよ!」

「そうでしょそうでしょ! そこにはたっぷり三分は使いたいわね!」

 それは、来週に迫った【新入生歓迎! 部活動オリエンテーション】用の台本作りです。

 他のワイワイ系のサークルやメジャーな部活と違って、演劇部の部員は毎年低迷気味らしく、大所帯だった最上級生がごそっと引退してしまった後には、新二年生の四人、そして新三年生の二人しか残っていません……。

 演目の幅を広げるために、この場でたくさんの一年生に興味を持ってもらうことがマストだとわかっているのですが――

「いい加減にしてください、こんなので入部希望者が来るわけないでしょう」

「なぁによ田辺! 自分は全然アイディア出さないくせに人のばっか批判して!」

 ――それに必要な魅力的な台本作りに、難航しているのです。

 各団体に与えられている持ち時間は五分きっかり。それを過ぎると強制的にステージの照明が消されるとのこと……!

 あぁ、瞳を閉じれば即座に思い返すことができます。去年私が観た、先輩たちのぜんっぜん面白くない寸劇を……。

 あまりの面白くなさに絶句していた私の興味を引いたのは、次に行われたテニスサークルの紹介ではなく、突然前の席から立ち上がった二人組みでした。

 その二人こそ、檻宮さんとヒメ様です。

 まさかこれを観た後に入部するわけないですよね……? と、失礼すぎる疑念に突き動かされ、私も彼女たちの後についていき、まさかまさかのそのとおり、あれよあれよと私も入部することになったのです。 

 それはそれとして面白い寸劇を創るのってこんなに大変だったんですね……あのとき『どうしてこんなに面白くないものを発表したんだろう?』と疑問に思ったこと、先輩方に心からお詫びします。

「たとえ良いと思っても批判はしますよ。出し物自体は五分でいいんです、台本が当日完成したとしても当日中に暗記できるでしょう? だから投げやりにならずに良い台本を作り込むことが大事なんです」

「えらっっっそうに! だからアンタはいつまで経ってもモテないのよ!」

「モテなくて結構。私にとって一番大事なのは……面白い舞台を創れるか否かなので」

 こんな感じで、ヒメ様と田辺ちゃんがちょこちょこ衝突してしまうことも、オリエンテーション前日になっても台本が完成していない現状に起因している気が……しなくもないです……。

「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて」

「アンタは黙ってなさい。同期で唯一! 何の取り柄もないんだから」

「ぐぅ!」

 立っているだけで舞台が華やぐ上に演技力も持ち合わせている檻宮さんとヒメ様、台本の執筆だけでなく音響や照明・舞台装置にも造詣が深い田辺ちゃん、そんな三人と比べて私がなーんにもできないことは確かなので、ぐぅの音しかでません……。

「そんなことはありませんよ! 犬倉さんは……その、いてくれるだけで! 場が和むというか……そう、いてくれるだけでいいんです!」

「あ、ありがとうございます……」

 田辺ちゃんがせっかくフォローしてくれたのに……あまりにふがいないです……! いることしか……いることしかできないなんて……!

「ふん、まぁダブル凡人は甘やかし合ってればいいんじゃない? 私は彩世あやせ様と高みを目指すから」

「っ」

 胸がチクリと痛んだ原因を、もちろん私は知っています。ヒメ様が、檻宮さんと並んで立つ姿があまりにもお似合いだから。ですが……こんなことで一々傷ついてたらキリがないです。不釣り合いのはとっくに十分承知しているんです。それでも……。

「あーもう頭つかれた。イヌ、膝枕」

「えー、今日もですかぁ!?」

「これくらいでしか役に立たないんだからさっさとその手をどけなさい」

「むぅ〜」

 この一年間、ヒメ様からたびたび膝枕をせがまれるようになってから知りました。どんなに小柄で細い人でも頭って重いです! そして膝枕をする側の負担は大きいです! ほとんど身動きがとれません!

「誇りなさい。アンタの膝枕は一級品よ。そこら辺の睡眠剤よりよっぽど効くわ」

「嬉しくないです……」

 倒れるように体を横にしたヒメ様は、やや強引に私の太ももへと頬を寄せました。

 あっという間に彼女の全身から力が抜け、こんな風にすべてを委ねられてしまうと、私は強く出ることができません。眠ってるときはまだ高校生くらいにしか見えませんし……最初に膝枕を提案しちゃったのは去年の私ですし……。

 近くにあったブランケットに手を伸ばしヒメ様に羽織らせてから、未だ空白の多いノートに向き合いました。

 一年生にたくさん入部してほしい。もちろんその気持ちはありますが、やっぱり一番のモチベーションは……良い台本を作って……檻宮さんに褒めて欲しい、ですからね! 切り替えていきましょう!

 今日は部活に遅れると連絡がありましたし、檻宮さんが来るまでになんとか……何か良いアイディアを……!

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