第3話 再会
国の軍部に身を置くアルベルトは、軍の中でも「軍隊長」という立ち位置におり、多くの部下をまとめる一部隊の隊長を務めている。
要請があれば国を守るため戦地へ赴くのが仕事のひとつだが、そう頻繁にある仕事でもない。普段は王宮内の警護や、執務室での書類仕事、軍事訓練、街の見回りがメインである。
「いや〜、今日も街は平和で何よりですね、アルベルト隊長」
そして今日、アルベルトは部下を伴って街の見回りをしているところだった。街は今日も多くの人々が行き交い賑やかで、あちこちから商人たちの威勢のいい声が聞こえてくる。
「だからって、そんなだらしない顔を晒すな、レオン」
「とはいっても、隊長。こんなに天気がいんですよ?ちょっと、上手いものとか食べて、のんびりしたいな〜なんて思いません?」
のんびりとした調子で気の抜けた様子の部下のレオンに、アルベルトは「まだ仕事中だぞ」と一刀両断。
「ですよね……」
レオンとは、アルベルト直属の部下である。黒の短髪に、くっきりとした大きな瞳。まだどこかあどけなさが残る青年だが、剣術に長けた精鋭で、若くしてアルベルトの部隊へと配属された優秀な男なのだ。隊長のアルベルトと共にする機会が多く、たびたびこうして街へ出て見回り番を担っている。
「隊長なら、そういうと思いました」
「だったら、仕事に励め」
「りょーかいです」
事件とはいつ何時、起こるかわからないもの。急な事態にもすぐに対処できるように、とアルベルトはあちこちに目を光らせる真面目な軍隊長なのだが、いかんせん生まれつきの目つきの悪さが玉に傷。
「ほら、あそこにいるの『鬼の軍隊長』で有名なアルベルト隊長じゃねぇか」
「うわ、ホントだ! やっぱ怖えなぁ、目が合っただけで体が縮み上がっちまいそうだ」
「冷酷非道で有名な軍隊長さんだ、お前ら目ぇ合わすじゃねぇぞ」
目つきの悪い顔のせいで、街の人々からの評判はおおむねこのような反応を見せるものが多かった。
背が高く、鋭い切れ長の瞳のアルベルトは、いつも仏頂面。本人にその気がなくても自然と人々を見下ろし、睨みつけるよう面構えになってしまうのだ。ただそこにいるだけで、人々が萎縮してしまうのも無理はない。
そんな中、少し離れたところに人だかりができているのを見つけた二人。レオンは「何かあったんでしょうか」と首を傾げながら、背伸びをして様子を伺っている。
「行くぞ、レオン」
街で起きた諍いをなんとかするのも、アルベルトたちの仕事である。アルベルトはすぐさま人だかりの中心へと向かっていく。「待ってください、隊長!」と、ずんずんと進んでいく上司の後ろ姿を、レオンも慌てて追った。と、そのとき──。
「離してください!」
アルベルトにとって、聞き覚えのある女の声が聞こえてきた。
声の主は、アルベルトの思ったとおり、あの花屋の街娘メリアだった。見れば、彼女は男に掴まれた腕を振り解こうとしているところ。アルベルトは人混みを掻き分け進んでいくと、「何をしている」と男に問いかけた。
突然現れた軍の人間に、冷やかしていた周りの者たちも萎縮しているようだった。あたりはしんと静かになり、メリアと男が同時に声の方を見た。
「あ、あなたは……!」
アルベルトを見て、すぐに誰だかわかったようでホッと安堵したような表情を見せるメリア。一方、メリアの腕を掴んでいる男は、怪訝な表情を浮かべている。歳は30代くらいだろうか。潰れた鼻に、モジャモジャ頭が印象的な男である。
「な、なんだよ、軍人さんが」
威圧感のあるアルベルトに怯えながらも、男は威勢よく噛みついてくる。
「街での諍いを仲裁するのも我々の仕事だ。……嫌がっているだろう、離してやれ」
淡々とした調子でそう返すアルベルト。それが余計に怖かったのか、男は納得がいかないという表情を見せながらも、メリアから手を離した。
「それで、何が原因でこのようなことに?」
「仲裁」というからには、双方の言い分を聞かなければならない。アルベルトの後ろにいたレオンがメリアに原因を尋ねると、「その」と何やら言いにくい様子。眉を下げて困ったような顔をしていた。すると、男が「ふん!」と腕を組んで鼻を鳴らした。
「大量に花を注文してやったから、ちょっと食事でもって言ったら騒ぎやがって!」
男のあきれた言い分に、「ほお」とアルベルトが目を細めた。メリアはこんな騒動になったしまったことを申し訳なく思っているのか、肩をすくめて俯いている。
アルベルトは、男の後ろをぐるりと見渡した。棚には高級そうな食器やティーカップがずらりと並んでいる。どうやら男はこの店の店主らしい。
「ここはアンタの店か」
「あ、ああ、そうだよ! それがなんだってんだ」
虚勢を張りながらそう告げた男に、アルベルトはぐいと近づいた。威圧感のある軍人に見下ろされる形になり、男はギュッと体を縮こませる。
「だったら、俺がここにある商品を全部買い取ってやろう」
「な、なんだって!」
アルベルトの申し出に驚きながらも、商売人らしく表情を明るくした男。メリアやレオンも驚いているようで、周りの見物客からは「太っ腹だねぇ!」だなんて冷やかしの声が聞こえてくる。
だが、アルベルトは男にグッと顔を近づけると、その鋭い切れ長の瞳で男の顔をじっと見つめ「その代わり」と続けた。
「アンタのことは俺が好きにさせてもらうぞ」
うなるような低い声に、男が思わず「ひっ!」と声を上げた。体格のいいアルベルトが近づいてきて、見下ろしてくる。
「最近、ちょうど体がなまっていたところだ」
そう言ってぐるぐると腕を回す姿に、またもや男が縮みあがった。
「そ、それは……!」
何をされるのかと想像して怖くなったのか、男は顔面蒼白になってあたふたと慌て出した。あからさまに態度を豹変させた男を、アルベルトは鼻で笑う。「お前がこの娘に言ったことは、そういうことだ」と。
「金を払ったからといって、なんでも許されるわけじゃない。商売人ならそれくらい分かるだろ」
アルベルトの睨みを効かせた瞳に、すっかり怯えてしまった男は「は、はい!」と返事をすると、メリアにも頭を下げていた。
一件落着となったところで、レオンが見物客たちに「さあ、散った散った」と解散するように促し、一件落着。すると、「あの」と後ろから二人を呼び止める声が聞こえてきた。
「アルベルト様、また助けていただいて、ありがとうございました」
振り返れば、メリアが胸元で手をギュッと握りしめてこちらを見つめていた。
「あれ? アルベルト隊長とお知り合いですか、お姉さん」
首を傾げるレオンに、メリアは以前酒場で助けてくれたのだと説明する。面倒を被ったのは彼女の方なのに、メリアはいたたまれない様子で、小さく縮こまっていた。
「……腕を掴まれていたが、怪我はないか」
アルベルトがそう問いかけると、メリアは「ええ」と慌てて笑顔を見せた。アルベルトにとっては、それが何よりである。
「こんなふうに絡まれることって、よくあるんですか?」
「まあ、たまに。女で一人で商売をやっていると、足元を見られることはしょっちゅうです。もちろん、そんなお客様ばかりではありませんが」
それを聞いて眉間のシワを深くさせたアルベルトに、メリアは「でも」と続け、
「好きですから」
とまっすぐにアルベルトを見て笑った。そのまっすぐな視線と言葉に、思わず固まってしまうアルベルト。ドキリ、と胸が音を立てた気がした。
「花を見て、笑顔になってくださるお客様を見るのが」
メリアはそう続けて笑ったのだが、絶賛片思い中の男に果たして聞こえていたのかどうか。ふいと視線を逸らした顔は、心なしか赤くなっているような。
「じゃあ、今度俺も行ってみますね、お姉さんのお店」
「ええ、ぜひ。サンクロッカス通りにある花屋は、うちだけなのでわかりやすいと思いますわ」
「あ、俺、レオン・シュライデンっていいます。お姉さんは?」
「メリア・ヴィーランドです。これから、どうぞご贔屓に」
そんな会話が繰り広げられているのも耳に入っていないのか、アルベルトはやさしく微笑むメリアのことを、しばらくじっと見つめていた。
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