第2話 おせっかいな同僚

「ありがとうございました」


 頭を下げたメリアは、にこやかな笑みを浮かべて今しがた買い物をしたばかりの客を見送った。誕生日に花を贈りたい。そう言った客にピンクベースの花を見繕い、綺麗にラッピングをした花束を手渡せば、ずいぶんと喜んでもらえた。


「またお待ちしています」との声に、笑顔で手を振ってくれた客の背中を見送ったあと、メリアはふと頬を緩めた。そうやって笑顔で花を買って帰ってくれる客を見ることは、花屋稼業のやりがいの一つともいえる。


 喜んでもらえるといいな、と思いながら、メリアは店内にある花の手入れ作業に戻り、1本1本の花を見て回った。


 このサンクロッカス通りに花屋を構えてから一年。


 オープン以来、近隣店舗に定期的に花を活けに行くことも多く、徐々に固定客も増えてきた。まだまだ軌道に乗ったとは言いがたいものの、店はメリアの当初の予想よりも繁盛していた。その時だった。


「すみませ〜ん」


 店内の花を見て回っていたメリアの耳に、やや声の高い男の声が聞こえてきた。声の方に視線を向ければ、さらりとした金髪に、軍服を身に纏った男がにこやかな笑みを浮かべて、メリアのことをじっと見つめていた。


「いらっしゃいませ」


 メリアも同じように、にこやかな笑顔で出迎えると、男は「へぇ〜」と物珍しそうに店内を見渡した。


「初めて来させてもらったけど、花以外にも、花器や園芸用品なんかもいろいろあるんだね」

「ええ、お客様からのご要望にはできるだけお応えできるようにと思って、一通りのものは揃えております」


 店内を眺める横顔に、メリアは花が似合う人だなと、そんな感想を抱いた。軍人にしては華奢な体格だが、すらりとした体型で所作に品がある。


 肩よりも少し短いウェーブがかった金髪に、紺碧の瞳。ふわりと、やわらかな雰囲気で、金色の刺繍が施された黒の軍服を身に纏っていなければ、おそらく軍人だとは気づかないだろう。


「なにか御用があれば、お声がけくださいね」


 客の中にはゆっくりと一人で店内を見る客も多い。彼もそうかもしれないと思い、そう声をかけたのだが、すかさず男に「ねえ、君」と呼び止められる。メリアが振り向けば、にっこりと音がつきそうなくらい眩しい笑顔。


「なんでしょう」


 不自然な男の笑顔にメリアが首を傾げると、男はこちらへと近づいて距離を縮めてくる。


「僕、エルド・クラインっていうんだ。君の名前は?」

「メリア・ヴィーランドと申します」

「メリア、ね。覚えたよ。この店は、君が?」

「ええ。昨年開店したばかりの、まだまだひよっこのお店ですが」


 苦笑しながらそう返すメリアに、エルドはぐいと顔を近づけた。にこにこと笑う先ほどのやわらかな雰囲気とは違って、一転、妖艶な笑みを浮かべるエルド。


「……だったら、僕がここのパトロンにでもなってあげようか。君のためだったら、いくらでも出すよ?」


 麗しい笑みを浮かべて、ぐいぐいと近づいてくるエルドに、メリアは目をパチパチとさせて固まっている。


「ふふ、おもしろいことをおっしゃるんですね」


 が、それもするりとかわすメリア。


「あ、嘘だと思ってる?僕は本気だよ。その代わり、僕とデートしてくれない?」


 あからさまなお誘いだったが、メリアは笑顔のまま「花を買ってくださるのは大歓迎ですわ」と続けた。曖昧な彼女に、エルドは「君のためなら店中の花を買い占めてもいいよ?」と、さらに距離を縮めたのだが──。


「おお、兄ちゃん。メリアちゃんをナンパかい?」


 後ろから聞こえてきたの太い声。見れば、恰幅のいい中年の男が、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ていた。


「ダミアンさん!」

「よお、メリアちゃん。頼まれてた花器、ここに置いとくぜ?」

「あら、もう届いたんですか?ありがとうございます」


 ダミアンと呼ばれたこの男は、商会の人間のようだった。店の外にはたくさんの荷物が積まれた荷馬車があり、手には注文書のような紙を持っていた。奥に消えてしまったメリアの後ろ姿を、エルドは目をパチクリとさせて見つめている。


「ハハッ、なんだその顔は」

「……いやぁ、思っていた反応と全然違ったから」


「自分で言うのもなんですが、僕結構女性にモテる方なのに」と続いたエルドの言葉に、ダミアンは豪快に笑うと「メリアちゃんは難攻不落って言われてるからな」と言った。


「難攻不落……?」

「おお、そうよ!あの子は美人だし、気立もよくて、アンタみたいにいろんな男から声かけられるんだが、いっつもみんな綺麗にあしらわれて終わり!そうやって撃沈していった男たちを、俺はもう何人も見てるぜ。そういうのには、あまり興味がないんじゃないか?」

「ほお、なるほど……。ということは、いま現在結婚もしておらず、お付き合いしている人もいないということですか」

「ああ。メリアちゃんの、そんな話は全く聞いたことがないぞ」


 ダミアンの返事を聞いて、ふむと腕組みしながら「簡単に男の誘いに乗るような子ではないし、男の影もなしっと」と、満足そうに頷いたエルド。


「なんだ、もしかしてアンタ。メリアちゃん狙いか?」


 なんだか興味津々に聞いてくる男に、エルドは「いいえ」と爽やかな笑顔を返す。何やらご機嫌な様子のエルドに、ダミアンは「だったら、なんでそんなに嬉しそうなんだ?」と首を傾げていた。



 ◇◇◇



「アルベルト、入るよー!」


 太陽が雲に覆われ、やや陰り始めた午後。アルベルトが執務室で書類仕事に勤しんでいると、扉が勢いよく開かれた。声の主は同僚のエルドで、手にはなぜか花束を持っている。


「入室前にノックくらいしろ」

「ちゃんとしたよ。聞こえなかった?」

「『入る』の言葉と同時にノックされても聞こえるわけないだろ」

「ふふ、ごめんって。怒らないでよ」


 いつもと同じで、ゆるい調子のエルドにアルベルトはため息をつくほかない。彼がノックもなしに執務室へやってくるのは、もはや日常茶飯事。言うだけ無駄だとわかりつつも、アルベルトの口からつい小言が出てしまうのもまた、いつも通りのことだった。


「それで、なんの用だ」


 足を組んで椅子の肘かけに頬杖をついたアルベルトの鋭い瞳が、エルドのじっと見つめる。エルドは来客用のソファに座ると、「ほら見てよ」とアルベルトに手に持っていた花束を披露した。


「すっごい綺麗でしょ?」

「その花がなんだ」


 どこか自慢げに見せびらかしてくるエルドに、アルベルトの眉間のシワが深くなる。


「わざわざ、それを見せるために仕事中の俺の邪魔をしにきたの──」

「メリアが作った花束だよ」


「メリア」というワードに反応したのか、アルベルトがわずかに目を見張った。思った通りの同僚の反応に、エルドはふふと笑いながら立ち上がり、執務机に腰かけた。


「サンクロッカス通りにある花屋の、メリア・ヴィーランド」


 エルドはイスに座るアルベルトにグッと顔を近づけて、ふと笑う。「この前、アルベルトが酒場で会った、あの女の子だよ」と言いながら。


「……それがどうした」


 アルベルトは、ふいと視線を逸らして手元の書類に目を向けた。わかりやすい反応に、エルドはさらに笑みを深くさせる。


「今日、見回りの合間に行ってきたんだ。こじんまりとした小さな店だけど、結構繁盛してるみたいで、お客さんもひっきりにしに来てたよ」


「別に聞いてない」と、そっけない返事が返ってくるが、エルドは楽しそうに笑いながら花の香りを嗅いでいる。


「あの子、街でもかなり人気らしくて、メリア目当ての男性客も多いんだってさ」


 エルドがそう言った瞬間、バキッと何かが折れる音が聞こえてきた。見れば、アルベルトが持っていたペンの先がぐにゃりと無惨な形になっている。なんとも分かりやすい性格だ。ふふと、心の中でほくそ笑みながら、エルドはなおも話を続ける。


「あれだけ美人で、性格もいい子だもん。そりゃ男がほっとかないよね〜。僕が店を訪ねたときも、男が2、3人群がってたよ」


 と話を盛れば、さらにバキッと何かが壊れる音が聞こえてきた。やはり分かりやすい男である。だが、このままというのも可哀想な気がしたエルドは、「あ、でも、いいこと教えてあげようか」と、なおも愉快そうに話を続け、


「彼女、結婚もしてないし、恋人もいないって!」


 と、アルベルトに笑いかけた。


 そこで、アルベルトが思わず顔を上げてしまったのは、無意識のことだったのだろう。にこりと笑うエルドと目が合い、ゴホンとわざとらしく咳払いをしながら、気まずそうに視線を逸らした。まったく素直ではない男である。


「よかったね、アルベルト」


「なんの話だ」なんて、とぼけたふりをしているが内心ホットしているのがバレバレだ。エルドは嬉しそうに笑いかけ、持っていた花束をアルベルトに差し出した。


「これ、同僚にあげたいって、メリアにアルベルトのイメージを伝えて作ってもらったものだよ。僕からのプレゼント」


「どうぞ」と押し付けられた花束をじっと見つめるアルベルト。青をベースに、白や緑が混じったそれは、確かに彩りが綺麗な花束だった。


「……そこに置いておけ」


 アルベルトはぶっきらぼうにそう返し、また書類に視線を戻す。鬼の軍隊長と呼ばれる男には、まるで似合わない花束を側に置いておくくらいには、彼女のことを気にかけているらしい。


 仏頂面で分かりにくいが、付き合いの長いエルドには、花を見つめるアルベルトの横顔が、いつもよりも何倍も穏やかそうになっていることに気づく。「不器用な男が恋をした」というのは、もう疑いようのない事実になっていた。

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