第五話「約束の時①」
ルカが漁民に扮した使者たちと共に、寒々しい洞窟での潜伏生活を始めてから、はや三ヶ月が過ぎようとしていた。
愛する家族はまだ戻らない。使者たちが周辺の集落から持ち帰る情報は、絶望に塗り潰されたものばかりだった。人類の戦況は最悪。この避難所に魔王軍の魔の手が伸びてくるのも、もはや時間の問題に思われた。
しかし、ルカの瞳に悲愴の色はなかった。
彼は日々、使者たちと共に周囲の山を散策し、城塞の方角から迷い込んでくる魔族を退治することに心血を注いでいた。
なぜ、城塞から魔族が流れてくるのか。それも軍隊ではなく、命からがら逃げ出してきたような個体ばかりが。
そこから導き出される答えは、ルカにとって唯一無二の希望だった。
(城塞の規律が崩壊している。つまり……四人が、あそこを占拠し続けているんだ)
「きっと生きている」ではない。『絶対に生きている』。
ルカの確信は、狂気にも似た強固なものへと変わっていた。
彼は情報収集に走る使者たちに買い物を頼み、来るべき再会の日に向けて、グンとブリューの武功を称えるための「プレゼント」をコツコツと収集し始めた。
二頭が歓喜して跳ね回る姿を夢想しては、にやにやと含み笑いを漏らす。
「もう我慢できない!」
衝動に駆られたルカは、かつて二頭の毛並みを整えるのに使っていた櫛を手に取ると、それを鼻に強く押し付けた。そこには微かに、あのシャンプーの香りと陽だまりの匂いが残っている。彼は恍惚とした表情で大きく息を吸い込み、身を震わせた。
その異様な様子を見て、使者たちは「あまりのストレスで頭がおかしくなったのだ」と囁き合い、腫れ物に触るようにルカから距離を置くようになっていた。
その夜も、ルカは櫛を鼻に押し当てたまま、洞窟の隅で眠りについていた。
夢の中で、彼はまたあの冷たい川を泳いでいた。
不意に、大きくて薄い舌が、ルカの耳元をべろりと舐め上げた。
「……そんなにブルブルしたら……濡れちゃうからぁ……まだ泳ぐのぉ……? そぉなのぉ……」
幸せそうな寝言を呟きながら、ルカはゆっくりと目を開けた。
暗闇の中、月光を反射して怪しく、そして美しく輝く銀の体毛。暗がりに浮かび上がる、懐かしい二対の黄金の瞳。
「――っ!」
ルカは弾かれたように起き上がった。夢ではない。目の前には、自分を探し出し、迎えに来た家族の姿があった。
ルカは迷わず、鼻を寄せてきた二頭の巨大な首周りに、しがみつくように抱きついた。温かい。この温度こそが、彼の生の実感だった。
「よぉ……待たせたな」
「約束通り、海で遊んでいこうか」
背後から、カミロとレオンハルトの聞き慣れた声が響いた。
ルカは二頭のふかふかな体毛の中に顔を埋めたまま、震える声で答えた。
「っ遅いよ……待たせすぎだバカ……!」
三ヶ月分の孤独と不安が、涙となって銀色の毛並みに吸い込まれていく。
だが、その涙はすぐに止まった。ルカの腕の中にある確かな鼓動が、彼に新しい勇気を与えていたからだ。
「さあ、遊ぶぜぇ~」
カミロの言葉に、ルカは力強く頷いた。
復讐のために始まった旅は、今、揺るぎない絆で結ばれた「家族」とともに向かう幸福の旅へと変わった。
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