第18話 偶然を、殴り続ける
最初の一投で、道が開けたわけじゃない。
光が少し増えただけだ。
空気が、ほんのわずかに動いただけだ。
外の音が聞こえた気がした、という錯覚に近い感触。
――それでも、やる。
理由は単純だった。
他に手段がない。
瓦礫を掴む。
手のひらに、ざらついた感触。
指先が、じんと痺れる。
血が滲んでいるが、見えないから気にならない。
回す。
ぐるぐると。
意味もなく。
速さも、角度も、考えない。
上下も、前後も、もう信用していない。
信用できるのは、確率だけだ。
止める。
一瞬。
正面だと思った方向へ、投げる。
音。
鈍い。
崩れたのか、跳ね返ったのか、判断できない。
光は、変わらない。
「……外れか」
声に出す。
出した理由は、
自分がまだ人間だと確認するためだ。
二回目。
掴む。
回す。
止める。
投げる。
今度は、
どこかで小さな破裂音がした。
コンクリートが割れる音。
金属が擦れる音。
光が、
ほんの少しだけ増える。
誤差だ。
だが、
ゼロじゃない。
三回目。
四回目。
五回目。
時間が、溶け始める。
何分やっているのか分からない。
何回投げたのかも分からない。
腕は、重い。
呼吸は、浅い。
でも、
止めたら終わる。
「……確率」
独り言が、
やけに多くなる。
「一回で当たらなくても、
百回やれば当たる」
「百回で駄目なら、
千回やる」
理屈としては、
正しい。
だが同時に、
正気じゃない。
幸運は、俺を守らない。
だから、
この行為で俺が助かる保証はない。
瓦礫が崩れて、
逆に潰される可能性だってある。
それでも、
やる。
「……来いよ」
誰に向けた言葉でもない。
運に、
向けているつもりだった。
十回目あたりで、
腕が震え始めた。
二十回目で、
指の感覚が曖昧になる。
三十回目で、
数を数えるのをやめた。
数えると、
希望が削れる。
数えなければ、
ただの作業になる。
作業は、
感情を殺す。
掴む。
回す。
投げる。
掴む。
回す。
投げる。
途中で、
大きな崩落が起きた。
頭上。
反射的に、
身体を縮める。
瓦礫が落ちる。
――だが、
直撃しない。
数センチずれて、
隙間に落ちる。
「……悪運」
呟く。
死なない配置。
だが、
さらに動けなくなる配置。
それでも、
続ける。
光が、
確実に増えてきた。
線だったものが、
面になりつつある。
空気が、
流れる。
埃が、
動く。
「……近い」
喉が、
ひくりと鳴る。
だが、
ここからが長い。
崩れ方が、
安定しない。
一つ動かすと、
別の場所が詰まる。
成功と失敗が、
ランダムに混ざる。
理屈で考えれば、
最適解を探すべきだ。
どこを崩せば、
一番効率がいいか。
だが、
それは才能の領域だ。
俺は、
才能がない。
だから――
全部に賭ける。
回す速度を、
さらに上げる。
目を閉じる。
方向感覚を、
完全に捨てる。
「……えい」
子供みたいな掛け声と一緒に、
瓦礫を投げた。
次の瞬間。
連鎖音。
一つ、
二つ、
三つ。
崩落が、
波みたいに伝わる。
光が、
一気に差し込んだ。
眩しい。
目が、
痛い。
でも、
間違いない。
外だ。
歓喜は、
なかった。
声も、
出なかった。
ただ、
胸が大きく上下する。
その瞬間、
力が抜けた。
腕が、
動かなくなる。
「……終わり、か」
どちらの意味かは、
分からない。
光の向こうで、
影が動いた。
人影。
「……人?」
声が、
掠れる。
返事は、
すぐには来なかった。
だが。
瓦礫が、
外から動いた。
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