第17話 静かすぎる場所で、考える
最初に気づいたのは、音がないことだった。
爆音も、悲鳴も、軋む金属音もない。
耳鳴りだけが、世界に残された唯一の音みたいに鳴り続けている。
それが自分の身体の内側から来ていると理解するまでに、少し時間がかかった。
――静かだ。
戦場の静けさじゃない。
夜の静けさでもない。
物が壊れ切った後の、意味のない静けさだ。
目を開ける。
……開いているのか、分からない。
暗い。
完全な闇ではないが、光と呼べるものがない。
瓦礫の隙間から、どこか遠くの光が細く滲んでいるだけだ。
距離感が掴めない。
呼吸を確認する。
吸える。
吐ける。
ただし、深くはできない。
胸の上に、重い何かが乗っている感覚がある。
骨か、コンクリートか、それともその両方か。
――折れてはいない。
そう判断できる程度には、痛みが整理されていた。
脚に意識を向ける。
……感覚がある。
だが、動かない。
挟まれている。
逃げ場はない。
「……生きてる、な」
声に出してみる。
音が、
すぐ近くで消えた。
反響しない。
吸われる。
この空間は、
音すら外に逃がさない。
時間が、分からない。
さっき天運が発動したはずだ。
だが、それが何分前なのか、何十分前なのか、判断できない。
時計は見えない。
スマホも、取り出せない。
時間は、数えられなくなると暴力になる。
喉が、乾いている。
さっきまで、そんな感覚はなかった。
水分が足りないわけじゃない。
緊張が、身体の内側を削っている。
考えようとする。
状況整理。
救助の可能性。
生存時間。
……全部、途中で止まる。
数字が、頭に入ってこない。
「……落ち着け」
言葉に出す。
誰に向けた言葉でもない。
自分にすら、向いていない。
ただ、空間に音を置きたいだけだ。
天運は、もう終わった。
発動した感覚は、はっきり覚えている。
世界が一拍、躊躇ったようなあの感じ。
もう、来ない。
幸運は、俺を守らない。
制約を付けた。
自分で決めた。
だから、
ここで助かる理由はない。
悪運は、まだ働いている。
致命傷を避けている。
それだけだ。
つまり――
死なないが、助からない。
一番、厄介な状態。
息を、数える。
一つ。
二つ。
途中で、数を忘れる。
もう一度、最初から。
瓦礫の向こうで、
何かが落ちる音がした。
小さい。
遠い。
外だ。
戦闘か、救助か、それともただの崩落か。
判断できない。
「……来るな」
思わず、呟いた。
来るな、なのか。
来てくれ、なのか。
自分でも分からない。
怖い。
はっきりと、怖い。
モンスターがいる恐怖じゃない。
痛みの恐怖でもない。
ここで、何も起きない恐怖だ。
このまま、
誰にも見つからず、
誰にも気づかれず、
ただ酸素が薄くなっていく。
そんな未来が、
具体的に想像できてしまう。
「……まだだ」
自分に言い聞かせる。
悪運は、
まだ俺を殺していない。
なら、
死ぬほどの状況は、まだ来ていない。
つまり。
動く余地が、どこかにある。
身体を、少しだけ捻る。
痛みが走る。
声が出そうになるのを、歯を噛み締めて抑える。
瓦礫が、微かに動いた。
――動いた。
心臓が、跳ねる。
これだ。
「……使うか」
誰に聞かせるでもなく、
呟く。
幸運。
俺を守らない幸運。
それでも、
確率を歪める力だ。
できることは、
一つしかない。
この瓦礫の中で、
偶然が起きる確率を、
無理やり上げる。
方法は、
単純で、馬鹿げている。
だからこそ、
運に向いている。
俺は、
挟まっていない方の腕で、
手の届く範囲の瓦礫を掴んだ。
重い。
だが、持てる。
ぐるぐると、
意味もなく回す。
方向感覚が、
分からなくなるまで。
上下も、左右も、
どうでもよくなるまで。
そして。
「……頼む」
力を込めて、
正面だと思った方向に、投げた。
音がした。
一つ。
二つ。
瓦礫が、
どこかで崩れた音。
光が、
ほんの少しだけ、増えた。
胸が、
大きく上下する。
「……いける」
確信じゃない。
期待でもない。
逃げ場のない場所で生まれた、執念だ。
俺は、
同じことを繰り返した。
瓦礫を掴み、
回し、
投げる。
何度も。
何度も。
これが、
俺の突破法だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます