第十二話:鏡像の聖域、あるいは共犯者の昼餐(中編)

 食事とは、生命維持のためのエネルギー摂取である以上に、自己の領域を相手に受け入れさせる「侵食」の儀式だ。  

 不純物を徹底的に排除したデータが最も美しい。その味の裏側には、言葉にできないほど重い「見返り」を求める少女たちの祈りが潜んでいた。


 屋上のベンチ。僕の両隣を、当然のように白砂と阿久津が占拠している。  


「玖島君。……今日の献立は、あなたの脳の機能を最適化するために、私が厳選した素材だけで構成したわ」


 白砂が重箱を広げる。そこには、整然と並んだ食材たちが、彼女の潔癖な論理そのもののように詰められていた。


「一切の添加物も、不必要な感情(スパイス)も排除したわ。これを食べることで、あなたは私の理論に、より深く同調(シンクロ)することになる。……さあ、あーんして?」


 白砂が、震える指先で箸を僕の口元へ運ぶ。  

「つん」とした態度の裏側に、僕という人間を自分の栄養素で満たしたいという、剥き出しの収集欲が透けて見える。


「ふふ、そんな乾いた食事でお兄ちゃんを満足させられると思っているの? 白砂さん」


 阿久津が、僕の右肩に頭を預けながら、手元から小さな箱を取り出した。  

 そこには、真紅のバラを模した、毒々しいほどに美しいマカロンが並んでいた。


「必要なのは管理じゃないわ。心臓が跳ねるような、甘い『毒』よ。……これには、私の特別な執着(おもい)をこれ以上ないほど詰め込んでおいたわ。お兄ちゃんの舌を、私の味で麻痺させてあげたいの。……こっちを食べて?」


 左からは、僕を透明な標本として完成させようとする、白砂の「知的な救済」。  

 右からは、僕を自分と同じ泥沼へ引きずり込もうとする、阿久津の「血の執着」。


 二人の少女の視線が、僕の目の前で激しく火花を散らす。  


「……白砂さん。あなたの食事は、少しばかり温度が足りないわ」

「……阿久津さん。あなたの菓子は、栄養学的に言えばただのノイズに過ぎないわ。玖島君を汚さないで」


 ギスギスとした舌戦。  


 けれど、その中心にいる僕は、かつてないほどの充足感に包まれていた。  

 かつて僕を埋め尽くした少女たちが、今、僕の一口を巡って、これほどまでに必死に、その知性と情念を擦り減らしている。


「……いいよ。二人とも、仲良くしてくれ」


 僕は、左の白砂が差し出した食事を飲み込み、右の阿久津が差し出した甘い毒を同時に口にした。


「……っ、玖島君……!」

「お兄ちゃん……」


 二人の表情が、同時に陶酔と嫉妬で歪む。  


 僕の胃の腑で混ざり合う、論理と執着。  


 それは、僕という支配者を完成させるための、最高の贄(にえ)だった。

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