第二七話 再会
☆午後八時 降川高校校庭
漸く始まった配給に、避難民達は生の喜びを味わった。ピリリとした辛味は、人々を寒さから守る温もりへと姿を変え、濃厚な旨味が舌いっぱいに広がる。どうりで涙を流す訳だ。おかわりに来た時には、鍋からわたしの分が消え失せていた。
「食べるか?」
失意の中、背後から聞き覚えのある声がした。
「ちょっと、いい年したおっさんが女の子に声かけるなんて色々と」
「良いだろ。これで不審者になるなら、おれは不審者で良い」
あの時、わたし達を非難していた夫婦だった。
「ん? どっかで会ってたか?」
訝しむ夫に、首を横に振る。何故だろう。さっきみたいに、『やっつけよう』という気にはなれない。不思議な事に、わたしは嫌いなはずのこの人を傷付けたくなかった……
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お腹がはち切れそうだ。これまでにない満ち足りた感覚が、わたしを包み込んでいた。
「ちょっとパパ、全部あげるって」
「おれは腹一杯だよ」
ぐぎゅるる。空の器に腹を鳴らし去っていく夫に妻は呆れる。
「本当に、良かったの?」
妻は寂し気な微笑みを浮かべた。
「娘が、同い年くらいだったのよ暦さん。ダブらせた、って所だと思う」
夫婦改め、太田望と桜。桜は、小さな空缶を大切に抱き、夫を見守っている。
「二人で天幕持ってきてくれないか。おれはフレーム組み立てておくぞ」
溢れる避難者達の為、避難用テントの設営を進めるボランティア達。望は、何食わぬ顔で参加していた。汗をかいてフレームを組み立て、星野と先輩をこき使う。
「不思議よね」
「不思議?」
桜は、空缶に言い聞かせる。
「いつものパパは、ぐーたらな人なのに。こういう時に限って、何であーなるんだか」
鳴り続ける望の腹に、見兼ねた星野が一切れのパンを差し出す。望は断った。それも、笑顔と共に。
「じゃあ、あれが本当の望さん?」
「それだけなら、良かったけどね」
限界と痩せ我慢の左手が腹を押さえる。謙虚の笑顔の裏からは、お世辞にも綺麗とは言えない欲望が滲み出していた。
「じゃあ、そっちが本性?」
「それだけなら、もう離婚してる」
望は黙々と作業を続ける。誰かの為の『正しい』と己の為の『正しくない』を交互に、時には同時に見せながら、動き続けていた。
「結局、どっちなの?」
桜は答えに困ったようだった。暫く考え、悩み、何とか言葉を絞り出す。
「どっちも、じゃないの」
「どっちも?」
桜は天然水のペットボトルを差し出す。口に含めば、辛さに焼かれた舌に心地よい冷たさが広がった。
「今飲んだのって、何?」
「水、じゃないの?」
桜は頷く。
「そう。でも、ラベルを見てみて」
ラベルの表には、色々な成分の文字が躍っている。
「カルシウム、カリウム、あとは、なんたらかんたら。天然水は、水だけじゃない。他にも色々入っているのよ」
わたしは、桜の言葉に首を傾げた。
「それが、どうかしたの?」
再びの困り顔が、わたしを見つめた。
「ごめん。分かりにくいよね。アタシは、ぐーたらな姿も、あーやって頑張ってる姿も、本当のパパだと思うの。丁度、その天然水が水だけで出来てる訳じゃないみたいに」
どういう事だろう。人は、天然水と同じって。
(ワンダは何をやってるんだよ)
(これで不審者になるなら、おれは不審者で良い)
同一人物とは思えぬ、対極の姿。わたしは、桜の言葉を反芻しながらその意味を考え続ける。
(本当の姿って、何だろう?)
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