第3話 あしびきの山鳥の尾のしだり尾の

石見いわみの国、秋の宵。

柿本人麿かきのもとのひとまろは、国司の仮屋に一人、灯火の傍らで横たわっていた。


外は、虫の声が絶え間なく響き、夜の長さを刻む。

山の峰を隔てて、遠くで山鳥が鳴いた。雄の長い尾が、闇にしだり垂れるように。


──都を離れて四年。


人麿が歌を献じた夜、静かに微笑み、袖で口元を隠した女性。

彼女は、藤原の宮で、持統じとうの女房として仕えていた。


黒髪が、肩から背中へ、長く長く垂れていた。


山鳥の尾に見えた。


──俺はどうして今、寝ているのだろう。


京の夜は、もう彼女を包んでいるだろう。


せめて夢の中で会いたい。

けれど、夢さえ来ない。


山鳥の尾のごとき年が過ぎ、想いが積もる。

その年月と同じ長さの秋の夜が、更けていく。


灯火が、ゆらりと揺れる。

袍の袖が、冷たい畳に触れる。


外で、また山鳥が鳴いた。


秋の風が、仮屋の隙間を吹き抜ける。


明けない夜は、ただ続く。




あしびきの山鳥の尾のしだり尾の

長々し夜をひとりかも寝む

<柿本人麿(3番) 『拾遺集』恋3・773>




口ずさむ声は、低く、誰にも届かない。


山は答えず、ただ秋の夜の闇に溶けた。

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