第92話



思ったままに告げると、彼は驚いたように目を見開いた。


まずいことを言ってしまったか。内心ひやひやしていると、彼はげんなりした様子で額を押さえた。

「……やっぱお前って、他人のことは冷静に観察してるよな」

「……?」

これは……褒められてるのか?


目元を隠すように俯いた時、廊下につながる扉が開いた。

「ただいま。……文樹君、こんばんは。いらっしゃっい」

宗一だ。今は落ち着いた態度で、にこやかに文樹に挨拶している。

「宗一さん。急にお邪魔してすみませんでした……!」

「いや、来てくれて嬉しいよ。それに私の方こそ、連絡が遅くなって申し訳ない」

こちらが心配する必要もなく、二人は和やかに会話を始めた。わずかに疎外感も覚えたが、だからといってどうすることもできない。白希は力なくソファに座った。


その様子を見て、文樹は宗一の元へ寄った。白希に聞こえないよう声を潜める。


「宗一さん、白希ちょっと様子おかしくないですか?」

「え。そう?」

「変ですよ。ぼーっとして、話もちょっと噛み合わないんです」


文樹は逡巡した後、真剣な表情で宗一を見つめた。


「本当に何にもなかったんですか? ……これまで連絡できなかったのは、白希になにか大変なことが起きたからじゃないんですか?」

「……」


宗一は手を洗い、冷蔵庫を開ける。表面では微笑を保っているが、内心では苦笑していた。

察しが良いだけじゃない。物怖じせずはっきり訊いてくる文樹は、白希とは違う意味で純粋だ。

彼のような友人を持って、白希は幸せだ。


「本当に、心配かけてごめんね」

「いやっ……、怒ってるわけじゃないんです。宗一さんは何も悪くないし! バイト先の店長も、体調不良って理由で休むことに納得してくれたし」


文樹は必死に説明しながら、ソファに座る白希を一瞥した。


「でも、何か変じゃないですか。白希がいるのに、宗一さんも……何かちょっと、悲しそうだし」

「……」


黙ったのは、驚いたからだ。

そこまで見抜かれてしまっていたことに、彼への感心と、自分に対する情けなさが綯い交ぜになる。

宗一は瞼を伏せ、首を横に振った。

「大丈夫だよ。でも、そんな風に言ってもらったのは初めてかもしれない」

心配をかけたことは申し訳ないけど、さっきよりも断然気持ちが上向いている。

「ちょっと楽になった。……ありがとう。白希もすぐに元通りになるよ」

彼に笑いかけ、次いでリビングにいる白希に視線を向けた。


彼は顔色を変えず、泰然と座っている。


「詳しいことを話せなくてごめんね。もうひとつ、私の個人的なお願いになるんだけど……これからも、白希と友達でいてほしい」


台に手をつき、消え入りそうな声で告げた。


白希がようやく手に入れた繋がりを大事にしたい。

頭を下げて頼むと、文樹は慌てて手を振った。

「そりゃあ。今までもこれからも、白希は友達だから」

それから少し恥ずかしそうに俯き、頬を掻いた。

「白希の旦那さんにこんなこと言うの、すっごい失礼なんですけど……俺、白希はマジで絶滅危惧種だと思ってたんスよね」

「あはは。ちょっと分かるよ」

彼の境遇を思うと笑えないのだが、背中を丸めた文樹の視線に合わせた。

彼も笑っていたが、やがて低い声で両手を組んだ。


「そう……思ってたんですけど、たまーに頑固なところもあって。他人を疑わないっていうより、疑いたくない……理由があるのかも」


むしろ意地になってる時があって、そういう時は何がなんでも信じようとする。そう言い、文樹は背伸びした。

ジュースを一気に飲み、やはり恥ずかしそうに頷いて。


「まっとにかく、あいつはずっと俺の友達です」




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