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 ゆらゆらと躊躇うような伺うような影がひとつ。

 一度こちらから声をかけるべきか、あるいは圧を感じさせてしまうので控えるべきか。

 そんなことを思いつつガラスの向こうを気にしていると、すっと影が差し込みドアが開く。


「いらっしゃいませ」


 どうやら入店することに決めたらしい。

 そっと押し殺した足音で少年が入ってくる。


 …鐘の音がないとどうにも落ち着かない気持ちになってしまいますね。


「どうぞお好きな席へおかけください」

「あ、はい」


 ぺこりと小さく頭を下げて手近なテーブル席へつき、物珍しそうに辺りをキョロキョロと見回す。

 その仕草や表情、そして学生服を着ているところからもその若さがうかがえる。


 さて、本日のお味は、と。

 ちょうど入れ終わっていたコーヒーを大きめのマグに三分の一ほど注ぎ、多めのホットミルクと少量のホワイトシロップを入れて軽く混ぜる。


「おまたせいたしました。スイートラテでございます」

「ぁ、ありがとうございます」


 ふうふうと少し息を吹きかけて冷ましながらひと口。

 やわらかな口当たりに気に入ったのか、こくりこくりと飲み進めている。


「…美味しいです」

「ありがとうございます」


 つとめてにこりと微笑むと、少し安心したように頬を緩ませる。


「あ、あの」

「はい。どうなさいましたか?」

「ここって記臆を買い取ってくれるって本当、ですか?」

「本当です。お客様の記憶を対価に相応の金銭をお支払いいたします」

「そう、ですか…」


 何やら思案げに俯く。


 ふうむ。今回のお客様は記憶を買い取る、ということのどちらに重点をおいているのでしょう。

 ご年齢からして大金が必要そうにも思えませんし、どうしてもこの記憶を失くしたいというような何か確固たる意思やきっかけがおありなのでしょうか。


 なんて考えていると、急に顔を上げた少年がそのままの勢いで叫ぶように言った。


「あの!それって、特定のなにかに対する記憶を全部、って言ったらその辺りの関係ない記憶も全部ひっくるめてなくなる感じですか?!」


 その鬼気迫る勢いに少々圧倒されつつ、内容が伝わるように返答を返す。


「いいえ。詳細なご希望があれば特定の記憶に関してのみ部分的にいただくことも可能です。その際、穴となってしまう部分はお客様の中で自然とカバーされ、致命的な違和感や異常が出ないように補足されます」

「そ、っか…」

「どうやら事情がおありのご様子。よろしければお伺いしても?」

「えっと、はい。あの、実は…」


 少年が語ったのは、ままあるだろうなという内容だった。

 実際、これまで数件どころでなく受けたこともある内容だ。もちろん細部は異なるけれど。


「もうすぐ期末試験があって勉強しなきゃいけないんですけど、ついゲームとか漫画に手出しちゃって…。えっと、それで、ゲームに詰まったら攻略動画とか探して見て、そっから関係ない動画見だしたりして…」

「最近は気軽に触れられる娯楽も多いですから」

「うう。そ、それであるゲーム動画シリーズ見てたらどんどん止まらなくなっちゃって、夜更かししてお母さんに怒られるし授業中に寝ちゃって先生にも怒られるし…」

「なるほど」

「しかもその動画シリーズ出してる人いろんなゲームやってて、一個見終わっても他のゲーム動画あるからなかなかやめられなくて…」


 学校の授業中も起きてるときはずっと動画の事考えちゃって…、と気まずそうに話す。自分でも罪悪感があるのか、どんどん声がか細く消えていく。


 まあ趣味に没頭しているとき、時間は溶けるように早くなくなってしまいますからね。

 特に動画。ベッドに入ったものの眠気が来なくてつい端末でアニメや動画をみると画面の光や音の刺激なんかで余計に眠くなくなって、最終的に朝方になって疲労で寝落ち。…なんて事例は多く聞きます。バイトくんもそれでよく徹夜したって出勤してきますし。


「あの、くだらないかもしれないけど、ぼく、その動画のことばっかり考えちゃって授業も起きててもちゃんと聞いてなくて、だからノート取れなくて友達に借りたけど家に帰ったら動画の続き見ちゃうから写せなくて困ってて…。ノートも提出しなきゃいけないし」


 ぼそぼそと言い募りながら指先で遊ぶ少年を見る。

 うーん、限りなく自業自得。

 とはいえ若い学生さんはそうやって興味の対象に一直線になってしまいがちですし、それを自力でどうにかするのも難しいのでしょう。


「たとえば端末をご両親に預かってもらう、というのも難しいでしょうか」

「や、お母さんはこれ以上そんな状態が続くならスマホ没収だっていうんですけど、そしたら友達と連絡取れないし…。ロックかけてても預けるのは嫌っていうか」


 こちらの提案に顔を向けるも目が合うとすっとバツの悪そうな顔で目線をそらし、またもごもごと話す。

 …見ることが出来ないようにする。という物理的な解決はしたくないと。


 自力で我慢も出来ず、物理的に距離を取ることも嫌。それでは解決は難しいと思うのですが…。


 まあ、そこまで個人に踏み込むのも範疇外。

 あくまでここは望まれたように記憶を買い取るのがお仕事。そのためのお店。

 となれば、ここで返す言葉は決まってひとつ。


「かしこまりました。お受けいたしましょう」

「やった…!ありがとうございます!」


 パッと顔を輝かせる少年に近づき、本を差し出す。

 分厚い装丁本を宝物のように握りしめる少年に指示を、そうしていつも通りに声をかける。


「この本を両手でしっかりと持って」

「はいっ」

「お好きなページで開いてください」


『Anoixis』


 淡い光が、見開きからあふれた。



 少年を送り出したあと、数十分と立たないうちにまたお客様が。

 今度のお客様も学生さんのようだ。


「お邪魔しまーす…」


 そっとドアを開けて入ってきたのは、伸ばした髪を二つにくくった少女。

 少し着崩した制服に可愛らしいストラップのついた端末を握りしめている。


「いらっしゃいませ。どうぞお好きな席へ」

「は、はい」


 近くのテーブル席に着いた少女へドリンクを持っていく。

 背の高いグラスにたっぷりの氷と水だしの紅茶、ストローを差してご提供。


「あ、ありがとうございます」


 そっと手を出して受け取った少女がお礼を言って、ストローを咥える。

 テーブルに置かれた端末には何かの動画が一時停止された状態で表示されている。


 これはもしかして…。


 緊張からか喉が乾いていたのか、すうっと半分ほどアイスティーを飲んだ少女が口元からストローを話して切り出す。


「あの、ここって記憶を買い取れるお店、なんですよね」

「はい。さようでございます」

「この動画の記憶買い取って欲しいんですけど…!」


 バッと差し出された端末。

 タイトルや画面の内容から察するに、ゲームのプレイ動画らしい。


「これ、友達からオススメされたんですけど、めっちゃ面白くて!見始めたら止まんないんです!」

「なるほど」

「でもそろそろテストだし、今回のテストは赤点取らないってママに約束しちゃってて」

「ええ」

「なのでお願いします!どうせまた見ちゃうかもなんですけど、あの、出来ればテストまでは一旦忘れさせてください!」


 …。

 いえ、ここで返す言葉はひとつ!


「かしこまりました」

「ほんとですか!よかった〜!」


 エプロンのポケットから本を出して握らせる。


『Anoixis』



 2度あることは3度ある、とはよく言ったもので。


「お願いします!この動画シリーズの記憶を失くしてください!」


 本日3人目となるお客様。

 シンプルな装いの大学生は、もはや講義中にもこっそり動画を視聴してしまう程の熱の入りっぷりだそう。

 これ以上単位を落とすと留年の可能性が出てくるとかなんとか…。


 どうして彼らはそんな切羽詰まった状態で…。いえ、そういうタイプだからこそこうなるのでしょうか。


「…かしこまりました」

「たすかる〜!マジで感謝っすよ!なんかちゅーどく的な?見始めたらシリーズ見終わるまでやめらんなくて!見終わったら次のシリーズはじまるし!ありがとうございます!」

「では、この本をしっかりと持って」


『Anoixis』



 …そんなこんなで立て続けに5件。

 おそらくは同じ投稿者さんのものであろう動画シリーズの記憶ばかりいただいて、なんだか気疲れしてしまった。


「はあ…」


 来店が途切れたタイミングを見計らって、自分用にと少しいい豆をことさら丁寧に挽いてマシンにセット。コーヒーが落とされていく様を無心で見つめる。


「…」


 溜まっていく黒い液体に反射する自分の姿を見て、少し深呼吸。

 気持ちを切り替えるべく淹れたてのコーヒーを飲みながら思考を巡らせる。


 せっかくですし、このあとはメモを整理してレシピノートにまとめましょうか。そろそろメモも溜まってきていますし。なんだったらそこから新しい組み合わせを考えたりして…。


「…よし!」

「何がよし!なんです?」

「!」

「お疲れ様ですぅ!マスター!」

「お疲れ様です、バイトくん」


 意識を思考に回していたせいか、バイトくんの出勤に気づけなかった事に驚きつつ時計を見る。

 出勤予定時刻1分前。


「いえ。今日は時間どおりですね」

「さすがに連日遅刻はもうしませんよう!それに、最近はめちゃくちゃアラームかけてるのでっ!」

「良い心がけですね。まあ連日でないだけで遅刻癖はまだまだのようですが」

「うっ。すみません…」


 ふふんと胸を張ったバイトくんにひとつ釘差しをすると、一転してしゅんと落ち込んでしまう。コロコロ変わる表情に微笑ましくも思いつつ、気持ちを切り替える。


 まあ、バイトくんの遅刻にはバイトくんの過失以外にも色々ありますし、ここではそこまで時間の概念も気にするほどではありません。バイトくんがいるだけで事が進むところもありますし。


「あ、それよりマスター!見てくださいよぅ!」

「なんです、か…」

「じゃーん!推しのゲーム動画が最近めっちゃ人気らしくて!これとかもう百万再生行ったんですよう!やばくないですか?!」


 いや〜、とうとう見つかっちゃったか〜みたいな?と誇らしげな顔でなぜか照れているバイトくんの手に握られた端末には、今日何度も見聞きした例のゲーム動画。


「…。……ふう。今日はもう、バイトくんに任せて裏で作業しましょうかね」

「えっ、なんで?!どうしたんですかあ、マスター!」


 わたわた焦るバイトくんを遠い目で見ながらもう深いことは考えない事にして、手元のコーヒーをまたすすった。


 ちなみに、今回のお客様たちの成績云々は結局ギリギリだったらしい。ギリギリセーフなのかアウトなのかはもう触れまい。


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