ep 剪定
透き通るような透明度の美しいガラスが路地裏にほのかに差し込む光を乱反射して拡散している。
色々あって酷使された入口の扉と鐘を点検に出している間、代わりにと設置されたドア。その複雑かつ美しいカットはまるで最初から揃いで拵えたように喫茶店の雰囲気にマッチして、ふらりと吸い込まれそうな魅力を放っている。
「キレーですねえ!」
「ええ。いつもの扉が一番だと思っていましたが、これもなかなか」
光の反射を、これまた輝く目で追っかけていたバイトくん。
うずうずと手が動いていたところを見ると、普段の言動も相まって猫のよう。
「にしてもすごいですよねえ!扉を外して持ってく、じゃなくて玄関ごと空間を入れ替えて持ってっちゃうんですから!」
そう。先日いらっしゃったお客様の影響、というか使用頻度の問題というか。
ここ最近なんとなく扉の開閉音や鐘の音に小さな違和感を感じていたので、これも良い機会だとまとめて点検してもらうことにしたのだった。
とはいえ依頼してみたものの、急なことであるし外した扉と全く同じ規格の、しかも店の雰囲気を壊さない扉を用意なんて無理だろうなと思いしばらくお店は休業にするべきかと考えていた。いたのだけれど。
「これも技術の進歩ですね」
ともかく扉の問題が一旦解決し店を閉めずに済んだので、本日もいつも通り営業中。
ほぼ来店がない時間帯ということもあり、せっかくなのでいくつか購入したお茶菓子をつまみながらどんな飲み物と合いそうかを試食を兼ねたティータイムと洒落こんでいた。
いくつかは定番のコーヒーセット、いくつかはハーブティーやグリーンティーなどすっきりしたお茶とのセット、と組み合わせを決めて分けていく。
もちろんメモに組み合わせを記入しておくことも忘れずに。
「あ!これめっちゃ美味しいですぅ!深煎りのコーヒーに合いそう!」
「では次回は少し多めに頼みましょうか」
「賛成ですっ!」
ひょいひょい口に放り込んでは幸せそうな顔で味わっている。
たしかにひとつひとつはとても美味しいのですが、こうも続くと流石に…。
「…少し口の中が甘さでくどくなってきました。バイトくん」
「ふぁい?」
もぐもぐとおやつを詰め込んでいる。
まるで頬袋のようで、先ほどは猫のようだと思いましたが、今度はリスやハムスターのような可愛らしさだ。
ではなく。
甘いもの好きとは常々言っていましたが、本当に好きなんでしょう。倍以上の量を食べているのにも関わらずけろっとした顔で味わっている。
…そろそろ、口の中をすっきりさせたいと思うのでアレを出しましょうか。
「今からお茶を入れますので、少しカウンターの上を片づけて頂けますか?」
「…ごくん。はーい!」
まずはお湯。たっぷりのお湯を沸かせる。
その間に茶器を出して、かるくすすぐ。
カウンターの棚上から木製のしっかりとしたケースを取り出し、中の確認。
光を通さない暗い色の瓶に密閉された茶葉。
そっと瓶を取り出してきゅぽんと開けると、甘いようなスッと鼻に抜けるような不思議な香気。
お湯で温めたポットに適量の茶葉、お湯を入れて蒸らす。
普段より短い蒸らし時間で、温かいカップに注いでいく。カップは3つ。
「おまたせいたしました。四季の烏龍茶でございます」
「ありがとうございますぅ!あれ、カップ1つ多くないですかあ?」
「ふふ。もうすぐ、ですよ」
「?」
数の合わないカップに不思議そうに首を傾げたバイトくんの後ろで、ゆっくりとドアが開く。
「いらっしゃいませ」
「お。ナイスなタイミングじゃん?さっすがオレ~」
ざっくりとまとめられた長い黒髪に、目に鮮やかな赤い中華服。細められた目と丸いカラーサングラスが近寄りがたさを主張している。
彼は放っておくとごちゃごちゃと不必要に複雑化する夢の世界を一定の基準に整えてくれる、夢の剪定人。
「×(バツ)さん。お久しぶりです」
「バツ、さん?」
「おう。そっちが噂の新人ちゃんか?よろしくな」
「はいっ。バイトですぅ、よろしくお願いします!×さん!」
にこやかに挨拶しあう2人。
元気なバイトくんは×さんと相性がいいでしょうねぇ。お互い赤いですし。
なんて考えつつカウンターの包みをよけてスペースを作る。
カウンター、バイトくんの横の席に腰かけた×さんにカップを差し出す。
そのまま鼻先に近づけてくんくんとにおいをかいで嬉しそうな表情をする×さん。
「…うん。やぁ~っぱマスターの烏龍茶が一番イイわ、うん」
「あ、わたしも…。美味しい~!すっきりしてて甘くないのにフルーティな?複雑な味がします!」
×さんと、つられたバイトくんがお茶をすする。
嚙みしめるように味わう2人の満たされた表情に微笑む。
その希少性から店では出すことのないとっておきの茶葉だけれど、こうも喜んでもらえるなら…。いえ、それだと採算がどうしても…。
考えを紛らわせように、こくりとこちらもお茶を飲む。
「ふう。…おかわり!」
「はい」
差し出されたカップを受け取り、手早く2煎目のお茶を淹れて返す。
2煎目は1煎目よりも蒸らし時間を大幅に短くするのが、この茶葉の美味しい淹れ方。
「それで、本日はお茶を飲みに来てくださったんでしょうか」
「んん。…いやあ、今日来たのにはちゃんと理由があんだよ。お茶も目的だけどな」
ことりとカップを置いて、真剣な表情の×さんがこちらを見やる。
×さんがこういう表情をするときは大抵…。
なんて、ここまでがいつものやり取りだ。
「ウゼーのにあったから記憶取ってくれ。ついでにちょいと整理してくれ」
「ふふ」
「おん?」
「いいえ。いつものご依頼、ですね」
「そうそう。やーっぱいらないもんが溜まるとコンディションが悪くなんだよな」
「いらない…って、記憶ってことですか?」
不思議そうなバイトくんが尋ねる。
「おう。あー、オレは夢ん中をあちこち回っていろんないらないもんを切ったり潰したりしてんだが…。そうして夢自体がクリアになってもオレの中にその残滓が残ってたらまたすぐいらないもんが出来ちまう。これじゃイタチごっこだろ。だからその分の記憶をマスターに取ってもらってオレの中もクリアにすれば解決って訳だ」
「あ、なるほどお~!」
「ついでにマスターの美味い茶も飲めるしな!」
「効率いいですねえ!」
「な~。そしたらまたぐるっと剪定しに発つってわけよ」
「すごーい!」
「だろ?」
どうやら打ち解けたらしい2人が和気あいあいと話しているのを横目に、お茶を飲む。
この感じなら今すぐ出発という話でもなさそうですし、ついでにティータイムの続きにしましょうか。
「×さん」
「ん?」
「その様子ですと今日はゆっくりできそうなのでしょう?せっかくですし、おいしいお茶菓子もあるので食べていかれませんか?」
「あ!そうですよぅ!さっきまでいくつか試食してたんですけど、どれも美味しいですよ~!」
「へえ。ま、そういうことならありがたくいただいてくかな」
「そうなさってください。いつも剪定仕事にかかりきりで数年から数十年に1度、それも10分程しか休まないんですから。こんな時くらいはゆっくりと。ね」
「えっ、ほぼ無休で何年も連続勤務なんですかあ?!」
驚愕の声が上がる。
たしかに、バイトくんの感覚からすればとんでもない話でしょう。×さんからすれば特になんてこともなく、年単位での連続勤務、はては労働といった意識すら遠いものでしょうけれど。
なんて考えつつ、取り出したプレートに適当にお菓子を盛って出す。
「ま、オレたちみてーのはいずれそんなんだよ。ヒマだしな。バイトっ子はまだまだだろーけど」
「はえ~。そういうものですかあ~」
「お、これイイな。めっちゃうまい」
気に入ったのかポイポイと口に放り込みながら、空いた片手でカップを持ち流し込むようにお茶を飲む。バイトくんも同じようにお菓子を食べつつ2煎目に手をつける。
そうして幾分かの時間が過ぎ、最初の烏龍茶だけでなくバイトくん考案のハーブティーやいつものコーヒーも飲み終えたころ。
ようやっと話も落ち着き、そろそろ仕事に戻ろうかと×さんが立ち上がる。
「んじゃあまあ、そろそろ行くわ。だいぶ長居したしな。マスター」
「はい」
なんでもない仕草で×さんの手が差し出される。
それにこちらもさっと取り出した本をのせて、いつもの締めに入る。
『Anoixis』
あふれた光に目を細めつつ、いくつかの記述を撫でるように触れ絡めとる。
これとこれと、あとはこの辺りも…。
記憶の剪定を終えたら光を閉じ込めるように本を閉じる。
ふっと時間が戻り、閉じた本が返される。いつもとは違う、相手の手で。
目覚めるも何もない夢の仕事人ですから。
「対価はいつも通りに」
「かしこまりました」
返された本をカウンターに置いて、さほど乱れていないエプロンを直すように手でさばく。
同じように×さんはサングラスのつるに軽く触れて位置を直して背を向ける。
「じゃ、また」
「またのお越しをお待ちしております」
互いに言葉少なく。
×さんは振り返らずに手を軽く振った後、ドアを開けて出ていく。
こちらも軽く一礼し見送る。
いつもの別れ。
そこにバイトくんの慌てたような深いお辞儀が足され、ドアが閉まった。
また会うのはどのくらいあとか。案外すぐかもしれません。
「さて、片づけましょうか」
「…はいっ!」
何事もなかったように、元に戻る。
いくつか消費された茶葉やお菓子を対価にして。
…結構消費しましたね。今度の仕入れは少し早めてもらいましょうか。
グラスを洗いながらそんなことを思った。
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