第十一章 サプライチェーンの構築
魔導兵器の概念設計が完成してから、正義は次の課題に直面した。
「部品が足りない」
工房の作業台に、設計図を広げながら、正義は呟いた。
「どういうことだ、マサヨシ」
エルザが、隣から覗き込んだ。
「この設計を実現するには、数百種類の部品が必要になる。だが——」
正義は、設計図の一部を指さした。
「このギアボックス一つ取っても、歯車、軸、軸受け、ケース……最低でも二十種類の部品がいる。それを全部、この工房で作るのは——」
「不可能か」
「時間的に、な」
正義は、立ち上がった。
「一つの工房で全てを賄うのは、限界がある。だから——」
エルザを見た。
「『サプライチェーン』を構築する必要がある」
「サプライチェーン?」
「複数の工房が協力して、それぞれの得意分野を活かす仕組みだ」
正義は、壁に地図を貼った。
「この村の周辺に、他の工房はないか」
「えーと……」
エルザは、地図を見ながら考えた。
「北の山岳地帯に、ドワーフの鍛冶集落がある。あとは、東の森に木工職人の村が……」
「ドワーフ?」
「亜人の一種だ。背は低いが、金属加工の腕は人間を遥かに凌ぐ」
正義の目が、光った。
「そこに、行こう」
山岳地帯への旅は、三日かかった。
正義、エルザ、そしてリリアナの三人は、険しい山道を登り続けた。グレンは、工房の留守番だ。
「……見えてきた」
エルザが、指さした。
山の中腹に、石造りの建物群が見えた。煙突から、黒い煙が立ち上っている。
「あれが、ドワーフの里か」
「ああ。『ハンマーホルド』と呼ばれている」
三人が近づくと、門の前に立っていた小柄な人影が、声をかけてきた。
「止まれ。何用だ」
ドワーフだった。身長は正義の胸ほどしかないが、体は岩のように筋肉質だ。顎には、見事な髭が蓄えられている。
「交渉に来ました」
正義が、前に出た。
「私は、ハンマーシュタイン工房の桐生正義。ドワーフの皆様と、取引をしたいのです」
門番のドワーフは、正義を値踏みするように見た。
「……人間の鍛冶屋か。何を取引したい」
「まず、お話を聞いていただきたい。長老にお会いできますか」
ドワーフは、しばらく考えた。そして——
「ついてこい」
案内されたのは、山の奥深くにある広間だった。
石造りの壁には、見事な金属細工が飾られている。天井には、魔法の光源が輝いていた。
そして、広間の奥——
「よく来た、人間よ」
椅子に座っていたのは、白い髭を胸まで伸ばした老ドワーフだった。その目には、何百年もの歳月を生きてきた者特有の深みがあった。
「わしは、ガンドルフ。この里の長老を務めている」
「お会いできて光栄です」
正義は、頭を下げた。
「して、用件は何だ。人間が、わざわざ山を登ってくるとは、穏やかな話ではあるまい」
「単刀直入に申し上げます」
正義は、顔を上げた。
「ドワーフの皆様に、我々の『サプライヤー』になっていただきたい」
広間が、ざわめいた。
「サプライヤー、だと?」
「部品を供給していただく、協力者という意味です」
正義は、設計図を取り出した。
「我々は、カルダニア王国のために、新しい機械を作ろうとしています。その部品の一部を、ドワーフの皆様に製造していただきたいのです」
ガンドルフは、設計図を受け取った。老眼に目を細めながら、じっと見つめる。
「……これは」
「魔導兵器の設計図です」
「ほう」
ガンドルフの目が、鋭くなった。
「人間が、魔導兵器を作るというのか」
「はい」
「帝国に対抗するため、か」
「……その通りです」
しばらくの沈黙があった。
そして——
「断る」
ガンドルフの声が、広間に響いた。
「ドワーフは、人間の戦争に関わらぬ。それが、百年来の掟だ」
正義は、予想していた答えだった。
「……理由を、お聞かせ願えますか」
「百年前の大戦で、わしらは多くの同胞を失った。人間の争いに巻き込まれてな」
ガンドルフの目に、古い痛みが浮かんだ。
「それ以来、わしらは決めたのだ。人間の戦には、一切関わらぬと」
「お気持ちは、理解できます」
正義は、静かに言った。
「ですが——」
一歩、前に出た。
「私が求めているのは、『戦争への参加』ではありません」
「何?」
「私が求めているのは、『技術の提供』です」
正義は、設計図を指さした。
「この部品を見てください。これは、ギアボックスの軸受けです。人間の技術では、ここまでの精度は出せない」
「……確かに、精密な加工が必要だな」
「ドワーフの皆様の技術は、この世界で最高水準です。その技術を、私に貸してください」
「しかし、それは——」
「私は、ドワーフの皆様に戦場に立てとは言いません。ただ、部品を作っていただきたい。それだけです」
ガンドルフは、しばらく考え込んだ。
「……仮に、引き受けるとしよう。我々に、何の得がある」
「二つあります」
正義は、指を立てた。
「一つ目。正当な対価をお支払いします。銀貨でも、物々交換でも、ご希望に応じて」
「ふん。金か」
「二つ目」
正義は、真剣な目で言った。
「『技術』をお教えします」
広間が、再びざわめいた。
「技術、だと? 我々に?」
「はい」
正義は、懐から小さな治具を取り出した。
「これは、私が作った『検査ゲージ』です。これを使えば、誰でも同じ精度で部品の寸法を測れます」
ガンドルフが、ゲージを受け取った。
「……ほう」
「さらに——」
正義は、もう一つの道具を取り出した。
「これは、『キサゲ』用の工具です」
「キサゲ?」
「金属の表面を、極めて平滑にする技術です。これを使えば、軸受けの精度が格段に上がります」
ガンドルフの目が、大きくなった。
「……この工具、どうやって使う」
「お見せしましょう」
正義は、作業台に近づいた。そして——実演を始めた。
広間のドワーフたちが、身を乗り出した。
一時間後。
「……信じられん」
ガンドルフは、呆然と呟いた。
「この技術は、我々にもなかった」
「キサゲは、私の故郷では古くから伝わる技術です。ですが、この世界では——」
「失われた技術、か」
ガンドルフは、正義を見つめた。
「お前は、どこから来た。どこで、この技術を身につけた」
「遠い場所から」
正義は、それだけ答えた。
ガンドルフは、しばらく沈黙した。そして——
「……いいだろう」
立ち上がった。
「我々は、お前のサプライヤーになる」
広間が、どよめいた。
「長老!」
「掟は、人間の『戦争』に関わらぬことだ。『技術の交換』は、戦争ではない」
ガンドルフは、正義に手を差し出した。
「よろしく頼む、桐生正義。——いや、『キサゲの師』と呼ばせてもらおう」
正義は、その手を握った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ドワーフとの提携が成立した。
帰路につきながら、エルザが呆れたように言った。
「あんた、本当に何者なんだ」
「何度も言っただろう。通りすがりの技術屋だ」
「通りすがりの技術屋が、ドワーフの長老を説得するか?」
「したな」
「……参ったよ」
リリアナは、静かに微笑んでいた。
「マサヨシさん。あなたは、本当に——」
「何ですか」
「この国の、希望です」
正義は、少し照れたように目を逸らした。
「大げさですよ」
「いいえ。私は、本気でそう思っています」
リリアナの目は、真剣だった。
「だから——」
彼女は、深く頭を下げた。
「これからも、よろしくお願いします」
正義は、しばらく彼女を見つめていた。
そして——
「……こちらこそ」
静かに、頷いた。
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