家のメイドは三尾の狐

SIRIUS/BLACK

第1話 三尾の狐

冬が終わろうとしていた。

ここは、関西のある山の中。

まだ雪が残る中を、一人歩いていた。


「寒っ。昨日はかなり雪が降ったからな。」


山ノ上蓮(やまのうえ・れん)は、今年21歳になる大学2年生だ。

一浪して大学の農学部へ進んだ。


5歳上の兄の斎(いつき)はストレートで某難関国立大に進み霞が関へ。

何かと遠回しに自慢してくる。

本人はそのつもりはないのかもしれないが、言葉の端々に『俺ってすごい』を出してくる。


「もう少し近いところに作ればよかったなぁ。」


1歳下の妹は某薬科大へ。

兄の斎には懐かないが、いまだに蓮のところに度々遊びに来る。

彼氏はいないのかと思うが、どうもブラコンのようだ。


第一志望の大学に落ちた蓮は、浪人が決まった日に実家を出た。

実家にいるのが嫌で、祖父が残してくれた山小屋で暮らしている。


予備校時代を含め3年目になる。

バイクで20~30分で街まで出れば、大きな駅、コンビニ、スーパー、病院、予備校もある。

通っている大学もあった。


「まだ雪が残ってるな。さて、俺のかわいい子どもたちは、と。」


蓮は大学生の傍ら、椎茸栽培で稼いでいた。

もう1つ副業を持っており2つを合わせると、何かと自慢してくる兄よりは年間収入は多い。


「あとは、ここを越えたら、と。」


蓮がやっている椎茸栽培は、10月から12月にかけてコナラなどの木を伐採する。1月から3月頃に菌を植え付ける、一般的な栽培方法だった。

3月中旬~5月初旬と10月下旬~11月頃が主な収穫期になる。


「ふ~。2年がかりだったが、広くなったなぁ。」


蓮の前には、約200坪(約700平方m)にわたって、菌を植え付けた原木がならんでいた。

本格的な事業として経営している規模だった。


「ま、誰も来るようなところではないし。」


蓮は原木を見て回っていた。

一通り原木の様子を見終わったとき、何かの鳴き声が聞こえた。


「ん?鳴き声?」


人がわけ入るような場所ではない。

何かの動物か。

蓮は鳴き声が聞こえた方へと歩き出した。


「金色?」


蓮の視線の先には、風になびく黄金色の毛が見えた。

動物が罠にでもかかったのか。


「こんな山奥で、何だ?」


蓮が近づくと、黄金色の毛をした狐だった。

足元を見ると罠があり、後ろ足に食い込んでいた。


「誰だ、罠なんかしかけた奴は?」


黄金色の狐の足に食い込んでいた罠は、「トラバサミ」と呼ばれる罠だった。


トラバサミはバネの力で動物の足を挟んで捕獲する狩猟用わなで、誤って人が踏むと大けがをする危険性がある。


「トラバサミって、ばれたら捕まるぞ。動くなよ、今はずしてやるからな。」


「キューン。」


「痛いよなぁ。ちょっと待ってろよ。」


この辺りに農家なんてないし、今どき、狐を捕まえる奴なんているのか。


罠をはずそうと手を伸ばした蓮の視界に、狐の尾が見えた。


「三本?おまえ、尾が三本あるのか?」


狐は顔を横に向け、諦めたような、恥ずかしがるような顔をした。


「九本なら妖怪確定なんだろうけど。三本って、突然変異か何かか?」


そう言いながら、蓮はトラバサミを広げ、罠を外した。

狐は立ち上がろうとするが、上手く立てず地面に座り込んでしまった。


「無理だよ、そのケガじゃ。」


蓮は上着のポケットからタオルを取り出すと、狐の足を包み抱き上げた。


「キューン?」


「どうした?何だ、恥ずかしいのか?」

「まずは手当てだな。」


蓮は三尾の狐を抱いて山を降り始めた。


「西暦2000年代に妖怪もないだろ?」


「キュー。」


蓮には狐が否定的な顔をしたように見えた。


「ん?違うのか?」


30分ほど歩き、山小屋の前に来た。

この山小屋が、祖父から受け継いだ小屋だった。


山小屋といっても、居間の他に部屋が2つあった。

取り替え式のボンベが必要だが、お湯も出れば風呂もあった。

自家発電により、電気も使えた。

山小屋の側には倉庫もあった。


「ちょっと、待っていろよ。すぐ暖かくなるからな。」


蓮は暖房をつけると、冷蔵庫に向かった。


「たしか、まだあったよなぁ。お、あった、あった。」


牛乳をラーメン鉢に入れると、狐の前に置いた。


「飲めるか?」


蓮は立ち上がると、風呂を沸かし始めた。


「すぐに沸くからな。」


狐は首を傾げているように見えた。


「さて、入るか。」


蓮は狐を抱き上げると脱衣所に連れていった。

狐を床に下ろすと、服を脱ぎ始めた。


「キューン。キューン。キューン。キューン!」


「どうした?暴れるなって。そのままじゃ、汚いだろ?汚れを取らないと。」


服を脱ぎ終えた蓮の回りを狐は逃げ回った。


「おい、大人しくしろって。食ったりしないから。」


狐を捕まえると、抱き抱えて風呂場に入った。

シャワーのお湯を狐の頭からかけ、汚れを落としていく。


「山で見たおまえの毛、すごく綺麗だったからな。ちゃんと洗って乾かしたら、ふさふさの狐になるんだろうな。」


狐は動かずにじっとしていた。

足のケガをよけて、薄めたシャンプーで毛を洗った。


「シャンプーをつけすぎたら、からだの油を落としすぎるからな。これくらいにしとかないと。」


湯船に入った蓮は、狐の前足を持ち上げた。


「ん?おまえ、メスだったのか。」


「キューン。キューン。キューン。キューン!」


「おい、こら!あ、暴れるなって。今さら慌てても仕方ないだろ。」


狐は声をあげずに下を向いたまま目を閉じていた。


風呂からあがると、ドライヤーで狐の毛を乾かし始めた。

使っていなかったブラシを使い、丁寧に乾かしていった。


20分ほどで、ふさふさとした黄金色の美しい狐が姿を見せた。


「う~ん、綺麗だよ。」


狐は不思議そうな顔で蓮を見ていた。

薬箱から包帯を取り出し、狐の足の手当てを始めた。


「あんなところに罠をしかけるなんて。何を捕りたかったんだ?」


蓮の視線が三本の尾に向けられた。


「おまえ、ほんとに尾が三本なんだな。」


蓮は三本の尾を優しくつまんでなで始めた。


「何だ、おまえ、これが気持ちいいのか?」


狐は床に寝転がり、くねくねと動き始めた。


「さて、明日は倉庫の整理と確認をしないと。」


蓮はリビングの暖房を切ると、狐を抱いて寝室に向かった。

この山小屋にある2つの部屋のうち、1つを寝室にしていた。


蓮はベッドの中に入ると、狐を抱き寄せて自分のとなりに寝かせた。

ふさふさとした毛が気持ちよく、何度もなでていた。


「俺の名前は山ノ上蓮だ。」

「な、おまえ、ずっとここにいてもいいぞ。」


狐は蓮をじっと見ていた。


「俺は一人暮らしだし、この時期はおまえも餌がなくて大変だろ?」


天井を向いた蓮は昔を思い返し、愚痴を洩らし始めた。


「小さい頃から、勉強と習っていた空手ばかりだったなぁ。」

「高校の時には『ウソ告』されるし。」

「大学に入っても、結局彼女はいないまま。」


蓮はため息をつきながら、狐を見た。


「俺はじいちゃんが残してくれたこの小屋で、悠々自適に暮らしたいだけなんだがな。」


蓮は狐を自分の胸に抱き寄せた。

そのとき、狐が鳴き始める。


「キュン、キュン、キューン。」


狐が驚いた顔で蓮を見ていた。

狐は蓮の心臓の辺りに自分の鼻を擦りつけ始めた。


「ん?どうした?」


蓮は狐を抱くと頭をなでながら、耳元で囁いた。


「おまえ、俺とここで暮らしてくれるか?」


狐は顔を上げて蓮をじっと見つめていた。


「ははっ、狐に同棲してくれって申し込むなんて、ヤバいな。」


顔を上げた狐が蓮の顔をなめ始めた。


「狐って、人間の顔をなめるんだっけ?」


狐の温かく柔らかい毛を抱き締めていて、心が和らいだ。

蓮は狐を抱いたまま眠りに落ちていった。


朝、日の光が部屋に射し込んでいた。

さわり心地のいい長い髪に白い肌。


「ん?髪?肌?え?」


「おはようございます。蓮さま。」


となりに寝ているのは狐ではなかった。

黄金色の髪の女性だった。


「お腹がすきました。」

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