第4話

チャイムが鳴って、みんなが席に着いた。1日が始まる。担任は若い女の先生だ。今日の機嫌は悪くない。朝の会が始まり出席を取る。僕は後方の窓際の席だ。窓際の席はついている。つまらなくなったら窓の外を眺めればいい。何が見えるというわけではないけど、この教室から意識を離すことができる。

隣の席の女子に

「宿題やってきた?」

と話しかけられる。僕はもちろん学校にいる間に終わらせている。

「やってきたよ」

と返事をする。

「漢字の書き取り面倒くさいよね…」

「うんそうだね」

否定はしない。否定すると会話が長くなってぼろが出る。漢字の書き取りなんて、繰り返してノートを埋めればそれで済むことなのだ。授業中に少し集中すれば終わってしまう。

「漢字テストやだな、どうせ満点なんかとれないし」

国語の授業の最初には、必ず漢字テストが行われる。満点を取らないと書き取りの宿題が追加されて、また同じ書き取りをやらなければならない。僕は一度で終わらせたいから、漢字ドリルの順に授業中に終わらせてしまう。どうせその順に宿題が出されるのだ。

「できるよ」

と、安心させるように言葉をつないだ。

「シュン君はいつも満点だよね。どうやって勉強してるの?」

どうやっても何もない、ノートに書き写して、それを暗記するだけだ。

「書いてるうちにおぼえちゃうかな?」

漢字ドリルには部首と由来が一コマで解説されている。それを見て成り立ちを頭に入れる。それを頭に入れたまま、ノートに書き写せば暗記なんてすぐにできる。コツさえつかめてしまえば、漢字の書き取りはそれほど難しい内容ではない。

「大丈夫だよ」

と言葉をつなぐ。それ以外に言うことはない。

「…うん」

となりの席の女子は浮かない顔をしている。漢字テストがそんなに憂鬱なのだろう。

「シュン君は字もきれいだし、すごいな…」

僕は字を綺麗だなんてほめられたことはない。書道に行ったこともないし、綺麗に描くための訓練をしたわけでもない。マスの中央に見本よし少し小さく書き写しているだけ。これもただの模倣なのだ。

「そんなこと言われたことないよ。書道にも行ったことはなし」

僕は正直に答えた。

「そうなんだ…。でもシュン君の字は綺麗だよ」

女子は少し微笑んで褒めてくれた。僕もなんだか嬉しくなった。

「ありがとう」

会話が終る。褒められることに慣れていない。誰も僕をほめてくれることなんてない。ただ目の前の出来事を淡々とこなすだけだ。

僕はもしかしたら喋らない方なのかもしれない。昔は何の気なしにいろんなことを話したけど、ミワを守らなくちゃいけない、日常の面倒をみなければいけないと自覚した時、正直に自分の思っていることを周りの友達に話したら、笑いが生まれるどころか、憐みの目というか、なんと返事をしたらいいのかわからないという表情をされた。それから僕は自分のことを周りに話さなくなった。

授業中にみんなは大きく手を挙げる。わかることが嬉しくて、それをみんなの前で発表することが、自分だけがわかっていると周りに誇示することが嬉しいのだろうと思う。僕にはそういう感覚がない。先生がこれ分かる人? と声を掛けても自分から挙手することはほとんどない。間違うことが恥ずかしいというより、自分の考えていることが周りに知れるのが怖いのだ。この考えは皆に共感されない気がする。共感を得られないというのは怖い。周りのみんなと考えてることが違うと露呈することが怖い。たまに、先生が僕を指定して発言をさせたりする。そんなときは、自分が本当に考えていることより、みんなが思っているだろうなと思うことをできるだけ短く発言する。間違っていることより、周りのみんなと思っていることが違うとういことが露呈する方が怖い。僕は11歳の小学校5年生で、11歳の小学校5年生がどんなことを考えているのか普通なのか、そういうことばかりに頭を使っている。普通でいたい。普通の11歳の小学校5年生の考えることを経験したい、感じて居たいと常々思っている。僕の考えていることは、僕の発言したことは、11歳の小学校5年生が当たり前に考えていることなのだろうか。そういう思考がこびりついている。11歳の小学校5年生より幼くても良くないし、老いていても良くないと思う。普通の11歳の小学校5年生がどんなことを考え、どんな経験をするべきなのか。頭の中はそんなことで埋め尽くされている。11歳の小学校5年生がどんな時間を過ごすことが当たり前なのか。11歳の小学校5年生がどんな本を読み、どんな会話をし、どんなことに感化され成長するべきなのか。

 僕は友達に勧められた漫画をできるだけ読むようにしている。買ってくれと頼めば、親は与えてくれると思う。でも何を求めることが11歳の小学校5年生らしいのかが正直よくわからない。オトナの読む本を読むことが正しいとは思えないし、11歳の小学校5年生が読むのに幼すぎる本を読むことが正しいとは思えない。正しい正しくないではないのかもしれない。でも自分が何を求めていて、何を欲するべきなのかは本当によくわからない。ゲームに没頭する時間的余裕もない。スイッチも与えられてはいるけれども、レベルやランクを上げるのには時間がかかる。少しだけやって、こういうゲームなのかと分かれば、興味をなくしてしまう。基本ルールと物語の成り立ち。それだけ分かれば僕にとってはどうでもよくなる。最後までやれば、もしかしたら最後だけやった人にしたわからない体験があるのかもしれない。でもインターネットで少し調べれば、どういう経緯を辿るゲームなのかわかってしまうし、ストーリーのあるゲームは少ない。ただレベルやランクを上げてどうしたら効率的に攻略できるか。それだけなら別に体験しなくとも、わかる。

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