第三章:東京進軍―MarchontheCapital―

第15話:虚構の正義、真実の進軍

 第四プラント「ファーム」の爆破から一夜が明けた。

 私たちは山中の拠点に戻り、泥のように眠った――はずだった。

 だが、翌朝、私たちを叩き起こしたのは、葛原(くずはら)が血相を変えて持ち込んできたタブレット端末の映像だった。


「……見ろ。奴ら、やりやがったぞ」


 葛原が悔しげに画面を叩く。

 映し出されていたのは、全国ネットのニュース番組だった。

 緊急特番のテロップと共に、アナウンサーが悲痛な面持ちで原稿を読み上げている。


『昨夜未明、日昇(にっしょう)県の臨海工業地帯にある国立医薬品研究所が、テロリスト集団によって爆破されました。この爆発により、施設内に保管されていた「新型ウイルス」および、感染した実験動物が流出した模様です』


 画面が切り替わる。

 映し出されたのは、私たちが昨日戦った人造獣(キメラ)の死骸だった。

 ただし、ナレーションはこう告げていた。


『テロリスト集団「晴天同盟」および指定暴力団「辰田(たつた)組」は、禁断の生物兵器を開発し、それを無差別に散布しました。政府は直ちに自衛隊を派遣しましたが、テロリストたちは証拠隠滅のために研究所を爆破。多くの研究員が犠牲となりました』


「……は?」

 私は絶句した。

 被害者と加害者が、完全に逆転している。

 私たちが行った「工場の破壊」は「証拠隠滅」に。

 錦川たちが作った「人造獣」は、私たちがばら撒いた「生物兵器」にすり替えられている。


 さらに画面には、錦川治城(はるき)首相の緊急会見の様子が映し出された。

 彼は喪服のような黒いスーツに身を包み、沈痛な表情でカメラを見つめていた。


『国民の皆さん。私は深い悲しみと、激しい憤りを感じています。……かつて純文学作家として活動していた辰田紗矢容疑者は、言葉ではなく、暴力と生物兵器でこの国を破壊しようとしています。彼女は、ご自身の父親である暴力団組長と共謀し、日昇県を人質に取って独立を宣言しました。これは国家への反逆であり、人類への冒涜です』


 錦川は一呼吸置き、力強く拳を握りしめた。

『政府は、断固として戦います。テロリストを排除し、日昇県の平和を取り戻すために、自衛隊の総力を挙げて鎮圧作戦を実行します。……正義は、我々にあります』


 カメラのフラッシュが焚かれ、会見場は拍手に包まれた。

 完璧な演技。完璧なシナリオ。

 国民の多くは、この放送を信じるだろう。なぜなら、映像には「怪物」というインパクトがあり、それを倒すと誓う首相は頼もしく見えるからだ。


「……腐ってやがる」

 父・剛(ごう)が吐き捨てるように言った。「自分たちがやった人体実験の罪を、全部俺たちに擦り付けやがった。……どこまで性根が曲がってやがんだ」


 拠点の空気は重く沈んだ。

 命がけで工場を破壊し、人々を救おうとした私たちの行動は、世間では「悪魔の所業」として処理されたのだ。

 組員たちの中には、膝を抱えて泣き出す者もいた。


「もうお終いだ……。俺たちは、ただのテロリストとして殺されるんだ……」


 絶望が伝染しかけた、その時だった。


「……いいえ。まだ終わっていないわ」


 私が声を上げると、全員の視線が集まった。

 私はタブレットを奪い取り、ニュースのコメント欄を表示させた。

 確かに、大半は私たちへの罵詈雑言だった。『辰田紗矢を死刑にしろ』『売国奴』。

 けれど、その奔流の中に、小さな、しかし確かな「異論」が混じっていた。


『地元の人間だけど、あれは違う。辰田組の人たちは、震災の時も俺たちを助けてくれた』

『昨日の独立宣言放送を見たか? あれは演技じゃない。彼女の目は本気だった』

『工場の近くに住んでるけど、夜な夜な悲鳴が聞こえてた。研究員が殺された? 嘘だ、あそこはもっとヤバい場所だったはずだ』


 日昇県の人々だ。

 私たちが守ろうとした土地の人々が、匿名掲示板の片隅で、必死に真実を叫ぼうとしてくれている。


「言葉は、死んでいない」

 私は瑛司(えいじ)を見た。彼は白髪交じりの頭を上げて、私を見つめ返してくれた。

「錦川が『虚構の正義』で国民を騙すなら、私たちは『真実の物語』で対抗する。……東京へ行くわ」


「東京へ……?」

 葛原が眉をひそめた。「自殺行為だ。今の報道で、我々は全国指名手配だぞ。検問を突破して首都に入るなど……」


「招待状が来ているのよ」

 私は昨夜、工場から持ち帰った伴内(ばんない)の端末を取り出した。

 そこには、錦川からの直接のメッセージが表示されていた。


『辰田紗矢、および鹿角瑛司へ。

 真実を語りたくば、私の元へ来い。場所は国会議事堂の地下深層、「原初の神殿」。

 そこで全ての決着をつけよう。

 もし来なければ、私は日昇県に対して「第二の核実験」を行う用意がある』


「……第二の核実験だと!?」

 父が激昂する。「あの野郎、まだこの土地を汚す気か!」


「脅しじゃないわ。奴は本気よ」

 私は端末を握りしめた。

「奴の狙いは、私と瑛司……獣神化した適合者の『命』。それを鍵にして、地下神殿の扉を開くつもりなの。……だから、私たちが東京へ行かない限り、奴は日昇県を破壊し続ける」


 選択肢は一つしかなかった。

 逃げれば故郷が消える。行けば待ち構えているのは死の罠。

 ならば、罠ごと食い破るしかない。


「総員、準備!」

 父が立ち上がった。

「これより、辰田組および晴天同盟は、東京へ向けて進軍する! ……殴り込みだ。日本のど真ん中で、一番デカい花火を上げてやる!」


          *


 出発の時。

 私たちが乗るトラックの車列が、山を降りて国道に出た時だった。

 前方を走っていた偵察車から、慌てたような無線が入った。


『お嬢! 組長! 前方、人だかりができています! 道が塞がれています!』

「なんだと? 警察か、自衛隊か?」

『いえ……違います! あれは……市民です!』


 トラックが速度を落とす。

 フロントガラス越しに見えた光景に、私は息を呑んだ。


 沿道を埋め尽くす、数百、数千の人々。

 彼らは手に手に、プラカードや横断幕を持っていた。

 そこには、『辰田組ありがとう』『政府は嘘をつくな』『日昇を返せ』という文字が書かれていた。

 老人、主婦、学生、作業員。

 この土地で生き、政府に見捨てられ、それでも歯を食いしばって生きてきた人々。


「……みんな」


 車列が近づくと、彼らは道を空けた。

 歓声はなかった。拍手もなかった。

 ただ、静寂の中で、彼らは私たちに向かって頭を下げ、手を合わせ、あるいは拳を突き上げていた。

 それは、死地へ向かう戦士を送る、祈りのような光景だった。


 一人の老婆が、よろよろと歩み寄り、私の乗るトラックの窓を叩いた。

 私が窓を開けると、老婆は新聞紙に包んだ温かいものを差し出した。


「おにぎりだ。……持ってけ」

 老婆の目は涙で濡れていた。

「あんたの父ちゃんには世話になった。あんたの放送も聞いたよ。……頼む。あの嘘つきの大臣たちに、一発食らわせてやってくれ」


「……はい。必ず」

 私はおにぎりを受け取った。その熱が、掌から心臓へと伝わる。


 トラックが再び動き出す。

 バックミラーの中で、人々はずっと手を振り続けていた。

 テロリスト? 生物兵器?

 そんなレッテルは、この熱い握り飯の前では何の意味もなさなかった。

 ここにいる人々は知っている。誰が敵で、誰が味方かを。


「……泣いてるんですか、お嬢」

 隣で瑛司が優しく笑った。

「泣いてないわよ。……おにぎりの湯気が目に染みただけ」


 私は涙を拭い、前を向いた。

 国道六号線を南下し、目指すは首都・東京。

 距離にして三百キロ。

 その道のりには、自衛隊の防衛ラインが何重にも敷かれているだろう。


 だが、怖くはなかった。

 私の背中には「救世観音」。隣には「鹿王」の瑛司。

 そして後ろには、故郷の人々の祈りがある。


 私は膝の上にノートを広げ、ペンを走らせた。

 これは遺書ではない。

 これから始まる革命の記録。

 虚構の正義を打ち破るための、真実の弾丸だ。


『――私たちは進む。泥にまみれ、汚名を着せられ、それでも光を求めて。この物語の結末は、まだ誰にも書かれていない』


 エンジン音が唸りを上げる。

 辰田組、東京への進撃開始。

 国を塗り替えるための旅だ。


(第15話 完)

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