旅路
「起きなさい、カノサ。」
「おはよ……はーあ。」
嫌な夢を見てしまった。昔、実家に辿り着いてようやく帰ろうとした、過去の夢を。あの時からもう十年以上経つというのに未だに忘れられない。もう他人となった、母に拒絶されたあの日を。
「嫌な夢を見たんですね。」
「家に帰る夢だったよ、また……。」
「それは……。」
ミラリも私が母に拒絶されたことを知っている。だからこそ、その話をすると少し青ざめたような、悲しい表情をするのだ。多分、暗い顔をしているのは私も一緒なのだろう。
「もう忘れましょう。朝食にリンゴを頂きました。そこの八百屋なので、新鮮だと思いますわ。」
「マジ? やった〜。」
ミラリは夢のことを忘れさせようとしてくる。私ももう、どうでも良いはずの夢を忘れたくてミラリの声に耳を傾け返事をする。別に朝食など食べない日もあるのだけれど。果物を食べるのは久しぶりだったので、リンゴが食べられることに心が踊った。丸かじりしながら、今日の計画を二人で話す。今日はこの後ゲートステーションに向かう。スチムのゲートは北の都の方、かなり栄えているところにあるらしい。スイーティアに行く為には、南側にある個人商店を尋ねる必要があるらしい。そこで商店の店主に気に入ってもらえると、スイーティアへ行けるのだそうだ。とりあえずスチムに到着したら、南に向かって行く必要があるようだ。今は午前八時。スチム北のゲートステーションから南の個人商店まではゲートが使用できないらしく、移動に五時間もかかるようだ。今から寄り道せず向かったとしても、正午を過ぎている。
「じゃあ早速出発だね。」
大した量ではない荷物をまとめ、ミラリに預ける。ミラリは収納アイテムを持っている勝ち組だ。腹部にあるタトゥーが収納アイテムとなっているらしい。普通の収納アイテムはアクセサリーや鞄などの形になっていて盗まれてしまう可能性もあるのだが、ミラリの収納はそういうことには巻き込まれないのだ。……収納アイテムが何かも分からない世間知らずの為に説明しておく。私もよく知らないが、魔力を少量消耗使用すると使える、大きな袋みたいなアイテムだ。袋は異空間に繋がっている。勿論、他者からその空間を覗くことはできない。ひとつのアイテムにつきひとつの空間が与えられているので、二つのアイテムで一つの空間を覗く、ということも出来ない。プライベートが確立された魔道具だ。まあ、その魔道具は少々高価なので、私は買えないのだけれど。ミラリのご両親が空間工事の仕事をしているようで、幼い頃に作ってもらったらしい。無駄話に花を咲かせながら五分も歩けば、ゲートステーションに辿り着く。久しぶりに来たな。……十二年ぶりとかだろうか。ステーションの中はとても綺麗で、汚い私の存在が浮き彫りになるようだった。そんなことは全く気にしていなさそうなミラリが、チケットを購入して戻ってくる。
「はい、これ。カノサのチケット。」
「ありがとう。」
「本当に楽しみですね!」
文字が読めない私がチケットを買うとぼったくられる可能性がある。ここは公営の施設だけど、ぼったくりなんか日常茶飯事だ。だから教養のあるミラリに行ってもらった。三歳までに読み書きをある程度覚え、読書が趣味だったというミラリがいなければ、今頃私はどうなっていたか。多分何回か人に食われてたと思う。ゲートの入口は長蛇の列だった。スチムで芸術祭が行われるらしく、その客だということだ。だから何か疑われたりすることなく、スムーズにスチム行きのゲートを使えた。別に何か悪い事をしに行く訳では無いのだけど、あまりに現実的では無い出来事だからか、何か悪い事をしている気分だった。
「ゲートのご利用ありがとうございます。それでは、良い旅を。」
駅員にそう言われながらゲートに入る。ゲートをくぐるなんて久しぶり。もうどこにも行けないと思っていたからか、どこか開放的な気分だった。ゲートを抜けたらすぐ、明らかに空気の匂いが変わった。工業製品っぽい油の匂いになった。
「すごい、本当に来れた……!」
スチムに来る、ただそれだけのことだったが、それさえも大きな達成感があった。ゲートステーションを出ると、とても大きなビルが沢山。巨大な街に圧倒された私たちは、空高くまで生えるビルの郡を見上げていた。しばらく歩いていくと芸術祭の会場近くだったらしく、沢山の屋台が出ていた。屋台の群の向こうにバス停が見えたので、ミラリに話しかける。
「よし、このまま南部を目指そうか。バスどれかわかる?」
「わかるんですけど、その……。」
ミラリがもじもじし始めた。南部に行きたいのはミラリではなかったのかと不審に思った次の瞬間に、彼女はこう続けた。
「少しだけ、屋台でご飯を食べませんか? お腹がすいてしまって……このままだと酔ってしまいます。」
「あー、なるほど。何がいい?私、店番の目を盗んで……」
「いや、折角なのでお金! 使いましょう。楽しみたいんです。」
え、お金を? そこまでの大金を稼いできた覚えはない。しかも普段より値段が高くなっているであろう屋台で買うだなんて……近くでスーパーマーケットとかを探した方が……。きっと普段なら私もそう言っているはず。
「この旅行の間だけは、普通の人に紛れてみたいんです。嫌でしょうか?」
なるほど。ミラリの言うことを聞いたらなんだか、今日は屋台で好きな物を買って、普通に食べても良いような気がした。
「そうだね。何食べたい?」
「私、海鮮のホイル焼きというのが食べたいです!」
「いいじゃん。私あの、串焼き気になる。」
「私もそう思っていました! 二つとも買いましょう。」
二人でホイル焼きと串焼きを買って食べる。なんだかこういう、普通の日常は久しぶりで楽しい。まともに買った食事が美味しくて、ミラリと二人で屋台を巡るのが楽しかった。あの時戦争が起きていなければこれが普通だったのかな。いや、戦争が起きてなかったら、今頃私はミラリには出会ってなかったなあ。感慨深い一時を過ごした後、南部行きのバスに乗る。バスの車掌から切符を買おうと声をかけ行き先を告げると、不審なものを見るような顔つきになった。
「何をしに、そんなところまで。君たちこの辺の人じゃないだろう。」
「ええと、『夢のスイーティア』に行きたいんです。」
「あ、あー……。」
何か納得したように頷いた車掌が切符を二枚用意した。
「これでいいかい。一人、三百五十円だよ。」
「はい、ありがとうございます。」
「連れてってやるけど、帰って来れなくても俺のせいにすんなよ。」
どういうことかと聞いてみるも、車掌は何でもないと言ってバスから離れてしまった。なんだろうね、とミラリと言い合いながらバスに乗った。バスには私たち二人と、お婆さんが一人乗っているだけだった。お婆さんは私達の方を見ると、チェシャ猫のようにニタリと笑いながら私たちに話しかけてくる。
「あんたらスイーティアに行くのかい。」
「はい、そうですけど……。」
「気をつけな。行方不明者がいっぱい出てるから。」
「はあ……。」
スイーティアはただのテーマパークだろう。その道中で行方不明になってる人が多いだけでは? と思って無視した。ミラリは気になったらしく、デバイスでテーマパークのことを調べ始める。
「カノサ、これ……。」
デバイスの画面を見せてくる。そこには確かに、スイーティアへ向かった人が多数行方不明になっている、と書かれていた。ミラリが言うには、それは信用出来る国際ニュースのサイトらしく、どうやらお婆さんの言っていることは本当なのだとわかった。
「マジ、か……。」
「あんたらも欲深くいちゃだめだよ。絶対に帰れなくなるからね。」
ケタケタと笑って、お婆さんは降りていってしまった。欲深く、か。私の欲なんか多分たかが知れてる。きっと無事に帰ってくるよ。もしかしたら、他の物に殺されてるかもしれないけれど。不吉な話を聞いた直後、目的のバス停に着いた。そこからまた、『夢のスイーティア』を目指して個人商店を探す。商店の名前は確か『ディールアイ』、だったような。舗装された砂利道を歩く。少し気温が高い今日は、歩いただけで汗が出てくる。
「暑い……本当に行く?」
「行きます。私たち、そこまで欲深くありませんわ。あのお婆さん、失礼すぎます。」
なぜかミラリが少し怒っている。あのお婆さんはただ忠告してくれただけなのに……。靴に入った砂利を気にしながら歩いていると、ようやく、目的の場所に辿り着いた。
「ありましたわ! ディールアイ!」
看板を指さして大きな声でミラリが言う。ポップなデザインの看板が目印のお店だった。中に入ると、沢山の食器が売られていた。
「いらっしゃい、何かお探しで?」
店の奥から、大きなうさ耳が特徴的な人が出てきた。緑色のエプロンにお店のロゴが印刷されていて、ここの店員さんだとわかる。
「……素敵なお店ですね。」
「ありがとうございます! うちの食器は近隣の職人達がみんなで作ってるんですよぉ。拘りいっぱい、自慢のお品です。」
「そうなんですね。」
先程のお婆さんの話が頭によぎり、スイーティアの話をすぐに切り出せなかった。それにミラリも食器に興味が湧いたようで、店内にあるカップなどを見ていた。
「でもお客さん……もしかしてお皿じゃないっすね?」
店員の目の奥が光った。何か見透かされたような感じがして、ゾクッとした。
「え、あ、いやー……わかります?」
「うちのお皿は全然有名じゃないですもん。わざわざ中央都市からお越しいただいた理由、わかりますよ。」
どこから来たかなんて、言ってないような。話の都合が良いので無視したけど。
「実はその、『夢のスイーティア』を探してまして」
「やはりね。私の目は誤魔化せませんよ。ささ、こちらに。」
うさ耳の店員は店主だったらしい。店主に案内されるがままに、店の奥へ行くと、アトリエがあった。そのアトリエの一番奥にある扉を店主が開くと、ゲートが現れた。
「お客さんたち、うちの食器見てくれたからね! チケット代とかいいよ。」
「え、本当ですか?」
「本当ですよん。あ、スイーティアのルールだけ説明しますね。ま、一つしかないんだけど。施設に使われてるお菓子は絶対に! 食べないこと。食べちゃったらペナルティがあるのでお気をつけてくださいっ。」
施設に使われているお菓子。そのワードから、美味しいもので全てが出来ているという噂が本当なのだとわかった。私たちは店主が説明したルールに納得し、ゲートに入っていった。
*
お客さんを送り出して、姿を変える。トゲトゲした大きな翼がある姿こそが、私の本来の姿だ。獣人なんかじゃない。スイーティアにお客さんのことを連絡する。
「……こちらビクシア。お客さん二人来ました。多分あの感じだと……そうですね。いけます。一人、美味しそうなのがいますよ。」
歪な関係性の二人に興味が湧いた。あまりに釣り合わないが、どうしてあの娘はあんなのと一緒なのか。
「ミラリ……あ、そうか。確かミラリといえば……。」
何かを思い出した私は、とある人に連絡を入れておいた。
*
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