日常の綻び
「スイーティア? 何それ。」
ミラリが持ってきた夢物語に耳を傾ける。
「なんでも、美味しいもので全てが出来ているらしいの! 一度で良いから行ってみたいわ。」
汚い路地には似つかわしくないほど輝いた顔を私に向けてくる。どうやらそこは遊園地で、全ての物が甘い物で出来ている夢の世界なのだそうだ。少し興味が湧いたので、深堀して聞いてみる。
「それ、どこにあるの?」
「スチムですわ。絶対にカノサと一緒に行きたいわ。」
スチム? スチムとはあの、工業大国のスチムでいいのだろうか。ここは中央都市。泳いだり歩いたりして向かうにはあまりに遠い。下手をすると辿り着けないかもしれない。何より移動用ゲートは金がかかる。私たちみたいなお金も未来も無い孤児なんかが使える代物では無い。ミラリも夢物語として持ってきたのだろう。
「ふーん。そんなの夢みたいな話でしょ。」
そう言うと、負けない! と言わんばかりの強い口調と、熱い目線で訴えてくる。
「そんなことありません! 私、カノサと一緒に、スチムに行きたいですわ。……嫌でしょうか。」
そんな輝いた目で訴えられたら叶わない。この言い方だと、本気でスチムに行きたいのだろう。私には相応しくないだろうけれど、ミラリなら……。
「わかったよー。とにかく、お金集めなきゃだよ。はあ、禁煙かー……。」
最近はドラッグの元締が酷い値上げをしたせいで、煙草もいい値段になっていた。そこまで依存している訳では無いので、しばらく煙草を辞めてお金集めに専念しようと思った。それを聞いたミラリはうんうん、と頷いて続けた。
「そうと決まれば労働です! 私、良いバイトを探してきまして……」
「私たちのこと雇ってくれんの? そんなわけないじゃん。」
「……そうでした。ではまた、いつも通り。」
私は多分、もう死んだことになっている身元不明の人。ミラリもそう。こんな汚いところに住んでいる孤児を雇うなどありえないのだ。私たちは、信用に値しないので。だからいつも何をしてるかって、基本的には人の物を取るなどして生活している。今日は私が金持ちのオジサンのところに行ってお金を貰ってくる事になった。オジサンは私達のことを道具として見ているようだけど、この人は結構いい金額をくれるから何でもいい。。ネオンライトが煩い町に行き、オジサンと会ってから多額のお金を貰ってミラリと落ち合った。
「あー、なんか今日のオッサン楽だったな! すごいマヌケというか。」
「ふふ、お疲れ様です。今日のお宿、もう探しておきました。結構ゲートステーションが近いんです。」
ゲートステーションというのは、世界各国に繋がるゲートが集合している施設のことだ。その近くは結構栄えていて、私たちのような浮浪者は追い払われてしまうこともあるけれど、今日は追い払われずに寝られる場所を見つけてくれたようだ。
「明日、ぜひスチムに行きましょうね。」
「え? まだそんな稼いでないような。」
そう言うと、ミラリが札束を収納アイテムから出してきた。
「私が……ほら。これくらいあります。ゲートの通行代金に加えて、スチムで飲食をするだけのお金はありますわ。」
「流石……! 私に隠れて何かしてた?」
「もう一人分のお財布を勝ち取っただけですわ。」
そう言うとミラリは自身の収納アイテムから、見覚えのない分厚い財布を取り出す。開けなくてもわかる、お金が結構入っている。ふふ、と胸を張るミラリとハイタッチをした。
「ふふ、手癖が悪いねえ! ……本当に行きたいんだ。」
「ずっとそう言っています。楽しみですね。」
「そうだね。本当に夢の話みたいだ。」
ちなみに手癖が悪い、というのは決して貶している訳では無い。むしろ褒めている。中央都市で暮らしていく上で、バレないように物を盗めるっていうのは良いスキルだ。私達は異能も魔法も使えないから。
今日スイーティアの話を聞いて、明日にはもうスイーティアに向かって出発するのか。自分のこれまでの境遇を考えたら有り得ないな。スチムでいい思いをした後、死んでしまうのかもしれない。これまで生きてきて、考えたこともなかった旅行に胸を躍らせながら、眠りについた。
〜〜
ようやく自分の家に帰ってこれた。戦争でひたすら逃げて、自分の家の場所もわからなかったけれど、やっと見つけた。
抑えきれない喜びを胸に自宅へ近寄る。庭にいた母が私を見つけて、強ばった顔をしていてーー
『お前はもう、うちの子じゃない。二度とここには、帰って来れないんだよ。』
そう言って強く追い払われる。少し離れたところで、どうしてと家の方を振り返ると、母は、知らない男と一緒に家に入っていった。
〜〜
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