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「今日から、アブノーマルノゾミって呼んで!」
楽しい友達だった。
本名はノゾミちゃん。アルルは近所に住んでいた幼友達だ。
小中高。いや、保育園からずっと一緒で、同じ高校に進んでから
急速に仲良くなった。高校三年間はほぼベッタリ。
ニックネームは、ある日突然本人がそう言い出したコトに起因する。
アブノーマルって…愛称にそれはどうよと思ったが、本人的には
個性的な響きだと捉えていたらしい。
ネーミングによらず、ちょっと語彙力には難があった。
まあ、お互いに。言語化スキルにおいて未熟だったのだ。
しかしご要望でも、呼ぶ方には抵抗がある。
そんなの連呼できるか?
それでまずは、短縮形〚アブミ〛でお試し運用。
定着しかけたが、古文の授業で馬の〚鐙〛なる同音異義語が出て来て
路線変更に迫られる。何気に踏み付けにしてる感がしたんで。
ちょうど同級生に春の付く名字の、通称ハルルがいた。
で、真似してアルル。 そういう安直な形でやっと落ち着いた。
「ショウコぉぉっ‼」(絶叫)
アルルは面白かった。
当時は往年の名ドラマを再放送していて、それに出演している
イケメン俳優のモノマネが得意だった。
手櫛で髪を即席オールバックにするのがコツだったらしい。
「キャハハッ」
「似てる似てるっ!」
アルルは見た目が超可愛いので、ギャップの大きさも相俟って常に
大爆笑を取る。休み時間に持ちネタを披露する度、メチャクチャ受けた。
それに性格も素直で、意地悪なんて考えもしない優しい子だった。
「はあ? いつまでやってるん?」
だけども残念無念。空気は読めなかった。
女子トイレは、個室を出てからが混む。
みんな鏡の前で、髪とかをいついつまでも弄ってるからだ。
私だってリップくらいは直したもん。
「そんなんしても、どうせ変わらんのにっ‼」
(……あんたは、それを言うな)
アルルは根が男前なので、洗面台でも手を洗えば終了。
ブラシを使う姿なんて見たことないし。
でも髪質はいい。お肌もスベスベ。ニキビどころか毛穴一つ見当たらない。
まるでお人形さんみたい。文句なしの美少女だった。
睫毛だって超長かった。綿棒が何本載るか、よく話題になったくらいだ。
だから天然ラブリーかつ無加工、補正修正まったく不要のアルちゃんが、
思春期真っ只中のその他女子一般を無駄に刺激しちゃあイカンのである。
「なに? アレ」
強調しておくが、アルルは概ね女子に嫌われてはいなかった。と思う。
「ちょっと自分が可愛いと思って…」
だが自分でちょっと可愛いと自負していると、過敏に反応する。
それ故、徒に自意識過剰な一部女子を敵に回していた。
(アルルは、咄嗟に損得勘定が出来ない…)
十代の感性は、イタさも眩しいピュアだと変換する。
まさか、あんな風に逆作用するなんて夢にも思わないから。
あと、アルルはちと重かった。
「もう、アタシなんてキライ?」
「アタシといるより、楽しそうに喋ってた…」
「アタシのこと忘れてた! ほったらかしにした‼」
これらのアルル発言は、カレシに向けて放たれたのではない。
宛先は私だ。自他ともに認める親友だった、私。
「自分だけ皆と仲良くして。いいもん。どうせアタシなんか…」
これには閉口した。
何人かのグループでいたから、日々複数と会話する。
だがうっかり盛り上がっていると、アルルは自分だけが除け者に
されたと感じるらしい。
独占欲? やきもちき? それとも淋しがりや?
というか、依存体質だったんだろう。
高校時代はその対象がたまたま私だった。それだけだ。
「もうアタシのこと、飽きたんや…」
いやいやいや。
互いに余裕があって、調子の良い時ならいい。
アルルを可愛いと思えた。
なんかまとわりつく子犬的な愛らしさ?
面倒見てあげなきゃ、なんて微笑ましい錯覚ができる。
けど、元は猫派の私だ。
毎日毎日こんな調子でやられると、さすがに鬱陶しい。
試験前なんて相当ウザいぞ。
それに高校生とはいえ、社会生活を送る身。
そりゃ他の友達とも喋るし、仲良くもするよ。
「アルちゃんファースト」だけでやってけるか?
どこぞのバカップルじゃねーんだぞ。
ちなみに卒業後、アルルはサークルで知り会ったカレシに
依存するようになる。
そこで幸せになればよかったのに、とうとうちゃんとした
カノジョにはしてもらえなかったそうだ。
元々カノジョ持ちで、切れないままアルルを二番手にして
数年間引っ張った挙げ句、最後は本カノとガッツリ元鞘したらしい。
ヒドイヤツ?
うん。そうかもね。
だけど、私はあんまりその二股野郎を責める気になれなかった。
たぶん、アルルの愛が重かったと思うんだ。
一緒にいると楽しいし、可愛くて面白い。けど、アルルは重たい。
だから、ぽっと出のカレシ擬きごときに受け止め切れたわけがない。
『私だけ見て。私とだけ仲良くして』
愛すべき構ってちゃん。けれど、それでは世の中回らない。
たぶん、アルルは何でも過多なんだな。
大好きだったけど、同じくらいアルルはめんどくさい。
とにかく、感情の起伏が激し過ぎた。
「ふんふんふん~♪」
「もう嫌っ! アタシなんて…どうなってもええねんっ‼」
不安定さにおいても、アルルは半端なかった。
同じ一日の内でも、今ご機嫌さんで鼻歌が出たかと思うと、
次の瞬間には地の底に沈むみたいに落ち込んでいる。
アルルは振れ幅が豪快過ぎた。
独りジェットコースターは本人も大変だろうが、正直周りだって
タイヘンだ。
『常に互いを敬い、慰め、励まし……』
一年365日。24時間それができるか? 夫婦でもムリ。
アルルは情緒不安定だったんだよな。間違いない。
最初は、アルルのことを気分やさんだと思っていた。
くるくるとキモチちが変わる。猫の目みたい。
でも違った。それは正確ではない。
あれは
『――アタシは、母親に愛されてない』
それが、アルルの飢餓感の理由だった。
源にあるのは、根深いネガティブ感情だ。
今風に言えば、自己肯定感が著しく低い。
泣けば応えてくれる。呼んだら来てくれる。
そういう無限反復レスポンス体験を乳幼児期に積み重ねて、
子は情緒が安定するらしい。
逆に、欠如すればしばしばメンタル的発育不良を来す。
そんな分析は、大人になってから知った。
後発的リカバリーがものすごく難しいとまでは、教えてくれ
なかったけれど。
〚アタシだけ、要らない子やねん〛
アルルは本来、いいとこのお嬢さんだ。
家は仏様関係。いわゆるお寺さん。育ちは良いはずだった。
家業の本家本元である仏様が、アルルの魂をまるっと救済して
くれればよかったのだが、そう巧くはいかなかった。
せっかく聖徳太子が頑張って広めたのに。
歴史伝統格式と三拍子揃ってるのに。
ことアルル関連においては、権威ある仏様は新参者の阿漕な
贋作の神さまに、いとも容易く敗北したのだ。
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