第12話 黄金の盾、シグレと舞う

その光景は、まさしく地獄そのものであった。


 きゃー! という甲高い悲鳴が夜気を引き裂き、鮮血が噴水のように舞い、炎がすべてを焼き尽くそうと踊り狂う。


 つい先日まで、ここは平和そのものだった。


人々が笑い合い、明日の糧を語り合っていた穏やかな広場。


それが今や、互いに自分を守るため、あるいは歪んだ大義で国を変えるため、昨日までの隣人と殺し合う屠殺場へと変貌していた。


「シグレ、やるぞ」


「言われなくとも。首謀者は殺さないでください。話を聞きます」


「了解した。」


エルフレッドは盾を左腕で持ち戦場へ向かう


エルフレッドの戦いは、以前のような『静』ではなかった。


 彼は左手一本で大盾を構え、あえて暴徒の群れの中心へと突っ込んだ。

 

 ドォォォォン!!


常人では考えられない速度で繰り出された『面』

による打撃。その攻撃に先頭にいた女3人は何が起こったか理解する前に全身の骨を粉砕されながら後ろへ吹っ飛ぶ。


「利き手が動かない癖に何だこの威力は!」

「エルフレッドがなんでいるんだ!」


1人の女が件を抜きエルフレッドを目で捉える

「お前を屈服させて『色々と』してやるよ。

英雄さんははじめてかなー?」


下卑な、それでいて食欲に近い欲望に満ちた発言。


だが、その言葉とは裏腹に、彼女が構えた剣先は一点の曇りもなくエルフレッドの急所を指していた。


「場所が違っていたら良い友になれたかもしれんな」


「ははは!そりゃ面白い!私に勝ったら考えてやってもいいぜ!」


「それはお断りだ」


 エルフレッドの言葉が冷たく突き放すように響くと同時に、女暴徒が爆発的な踏み込みで地を蹴った。


 その速度、踏み込みの深さ。


そこらの有象無象とは一線を画す。かつて辺境の最前線で魔族を狩り続けていた、元・傭兵崩れの猛者だ。


 迷いのない刺突。鋭い剣筋が、エルフレッドの明確な『死角』――固定され、不自由な右側を正確に貫こうと伸びる。


 だが、エルフレッドは避けない。


 彼はあえて右肩を深く前に出し、自ら肉を斬らせるように誘った。


 ガギィッ! と鈍い音がして、刃が彼の装備を裂き、再生されただけの感覚のない右腕の中央を深く貫通した。


「……っ!? 手応えが――」


 女の瞳に驚愕が走る。


 肉を貫いた確かな感覚。

本来なら激痛に悶え、膝を突くはずの致命傷。


しかし、エルフレッドの表情は一ミリたりとも動かない。


痛みを感じるはずの右腕が、微動だにせず、むしろ刺さった剣を刺された腕で固定したのだ。


「悪いが、その腕はもう『死んで』いるんだ。……離さないぞ」

 エルフレッドは、自分の右腕を貫通したままの剣をくさびとして利用し、女の逃げ場を完全に封じた。


 

「この……化け物がぁ!!」


 女は叫び、剣を捨てて至近距離から隠し持っていた短剣を左手で抜こうとする。歴戦の猛者ゆえの判断。


だが、エルフレッドの方が一瞬早かった。


 エルフレッドは左腕の大盾を、全力の旋回とともに真横から叩きつけた。


 ドゴォォォォン!! という、肉が爆ぜる音と鉄がひしゃげる音が混ざり合い、戦場に響き渡る。


盾の鋭利な縁が、女の側頭部を捉えた。首の骨が飴細工のように容易く折れ曲がり、その頭部は物理的な質量によって不自然な方向へ弾け飛んだ。


女は自分が何を言ったのか、何をしようとしたのかを思い出す暇もなく、ただの物言わぬ『肉塊』となって地面に崩れ落ちた。


だが、地獄はここからだった。


「ひ、ひいぃ! 傭兵団長が、一撃で……!」


「構うな! 奴はの片腕はもう動かないんだ!

囲んで削れ!!」


 恐怖を怒りに変えた、実戦慣れした暴徒たちが、組織的な包囲網を敷く。


 前方から重装の盾持ち、左右からは死角を狙う長槍。


さらに後方からは、強力な軍用クロスボウが放たれる。

「シグレ!!」


「仰せのままに!!」


 エルフレッドの怒号に応じ、エルフレッドが攻撃を何とか防いでいるうちにシグレが暴風となって戦場を舞った。


 彼女の剣はもはや『斬る』のではなく『断つ』ためにあった、英雄を守るために。


円を描くような一閃。


周囲にいた五人の女たちの腰から上が、同時に宙を舞った。


噴き出した血の噴水がシグレの髪を真赤に染め上げるが、全くそれを気にしないかのように進み続ける。


「邪魔よ。彼を傷つけ汚す塵どもが!!」


 一方、エルフレッドの戦いはより凄惨な『集中砲火』へと変質していた。


 彼は右腕に刺さったままの剣を強引に歯で引き抜き━━痛みがないゆえの、人間離れした動作で━━それを左手の盾の内側に添えて保持した。


全方位からの攻撃にエルフレッドは攻撃に転じることも、完全に防ぎ切ることも出来ず少しづつ削られていく、だが何があっても倒れない。


猛者たちが構える剣、槍も、鍛え抜かれた肉体も、エルフレッドの『片手ゆえの執念』を見るかのように、どちらが窮地に追い追い込まれているのか分からなくなる錯覚に陥る


「なんなんだよ!このバケモンは!」


1人が叫び


「さっさと死ねよ!」

「なんでここまで硬いんだよ!」


絶望が伝染し、暴徒たちの連携が乱れ始める。そこへ、死神が舞い降りる。


「死になさい」

シグレが蝶のように舞いながら敵をなぎ倒してゆきどんどんと数を減らしていく


「そろそろいいか、」

エルフレッドは守りだけの構えを攻撃へと転換する


やがて、広場を埋め尽くしていた数千の怒号は、耳が痛くなるほどの沈黙へと変わった。

 

 立っているのは、返り血で装備を漆黒に染め上げた二人とその仲間だけ


 エルフレッドの左腕は、盾の重みと衝撃で細かく震え、引き抜いた剣で固定された右腕からは、刺し傷から溢れ出した血が靴を濡らしていた。


周囲に散らばる『猛者たち』であった死体の山。


 事後処理のために現れた守備隊の女騎士たちは、その凄絶すぎる光景に、恐怖を通り越した圧倒的な『圧倒的な畏敬の念』を感じて、腰を抜かしながらも熱っぽい視線をエルフレッドへと送っていた。


「……終わったな、シグレ。生き残りはいるか」


「ええ。首謀者とその側近だけは、四肢を縛って動けないようにしてあります。地下牢へ」


シグレは、自分の顔についた血を無造作に袖で拭う。その顔には笑みを浮かべてエルフレッドの横に並んだ。その瞳の奥には、エルフレッドはまだやれる。私も一緒にという希望が籠っていた


二人は血の海を掻き分け、重い足取りで広場を後にした。

 向かう先は、事前に拘束されていた「暴動の真の黒幕」が収容されている地下牢。


 コツ、コツ、コツ。

血濡れのブーツが石階段を叩く音が、暗く湿った地下通路に不気味に反響する。

 

 最奥の、錆びついた鉄扉。

 シグレがそれを乱暴に蹴り開けると、地下の冷たい空気と共に、腐敗と鉄錆の臭いが混ざり合った悪臭が漂い出した。

 

 そこには、全身を枷で固定され、髪を振り乱した一人の女がいた。

 

 エルフレッドは静かにその捕虜の前に立った。

 

 暗い灯火に照らされた捕虜の女が、ゆっくりと顔を上げる。

 その瞳に映ったのは、もはやかつての優しき聖盾ではない。返り血に染まり、片腕を失いながらも圧倒的な力を振るう、『死を運ぶ英雄』の姿だった。

 

「……。……来たか、片腕の殺人鬼。」

 捕虜の口から漏れたのは、絶望を通り越した

恨みや妬みであった

 

 エルフレッドは何も答えず、ただ冷徹な眼差しで、その『かつて守ろうとした国民』を見下ろした。


 背後でシグレが、鞘から剣を半分だけ抜き、

キィィィィィ、と地下室の空気を切り裂くような金属音を響かせた。


「まて、シグレ。落ち着くんだ。話を聞くぞ」


「……わかっていますよ、わかっています。」


「その剣をしまえ、戦いは終わったんだ」


「……はい、」

 

 シグレは不満げに剣を収めたが、その視線は依然として捕虜の喉元を射抜いたままだった。


 地獄の夜は、まだ始まったばかりだった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


もし少しでも

「続きが気になる」

「この物語の行く先を見届けたい」

そう思っていただけたら、

フォロー・★・♡・コメントで応援していただけると励みになります。


皆さんの応援が、次の一話を書く力になります。

今後とも、よろしくお願いします。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る