Op.Ⅵ "Andante"
次の都市に辿り着くまでにそこまで時間はかからなかったが、その短い旅路で私はとある決意をした。それは、この国を踏破したのち、一旦元居た国へと戻ろうという決意である。理由は特に無い。特に無いが、もしかしたら母を見落としているのかもしれない。漠然とそう感じただけだ。
そして、すぐに次の都市へと着いた。どうやらこの都市は、今までよりもかなり治安が悪いようだった。路地には過去の私のような人々が溢れ、街を行く人々の眼はくすんでいる。
そんな中、私に突然声を掛ける者がいた。その人間はこう言った。
"嬢ちゃん、ここは危ないから僕の家においで。"
一言で、私はその下種の本質を見抜いた。眼が濁っている。過去に同胞にそうしたように、私はそれを殴打し、足早にその場を去った。
そうして私がその都市を歩いていく内に、また声を掛ける者が現れた。半信半疑で話を聞けば、さっきと言った事は同じであった。が、その青年の眼は澄んでいた。澄んでいたから信じた。
その青年の家に上がると、彼の家の殺風景さに少し驚いた。必要最低限の家具しか無く、壁紙も剥がれている。ソファはボロボロで、キッチンと居間と風呂場以外にスペースは無かった。それに加えて薄暗く涼しい部屋であったが、彼はその部屋で特に不自由なく過ごしているようだった。正直な話、過去にもっと荒んだ環境に暮らしていた私が驚くというのは不自然なのかもしれない。だが、人の心の暖かさに触れ続けた私には久しぶりの衝撃であったのである。
彼は私をもてなそうと必死に努力をしてくれた。だが、私は私なんかのためにきりきり舞いな彼の生活の中で無理をしないでほしかったため、彼のもてなしをできる限り柔らかく断った。
それでも彼はお茶を淹れてくれた。割れかけだがしっかりと手入れのされているティーポットと、恐らくは来客用の一度も使ったことが無いような純白のティーカップで。
その紅茶は暖かく、本当に美味しかった。
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