Op.Ⅴ "Con amore"

老人とその家族との食事の際、私は様々な話をした。

私がなぜ旅をするか、私がどこから来たのかなどである。彼らは心の奥深くまで暖かかった。それが、彼らの眼に表れていた。

そして、最も難しい質問が飛んできた。


"名前は?"


おかしい。前の都市の彼女とも同じ会話はしたはずだ。だというのに、なぜか私は自分の名前を回答することに迷いが生じた。なぜなら、私は彼らに嘘をつきたくなかったからだ。

私にここまで暖かくしてくれた人々に嘘で返答をするのは実に無礼なことだ。しかし、私にはエトワールという名前があるはず。なぜ私が迷うのか、私自身にはもうわからなかった。

ほんの少しの間を置いて、こう答えた。


"…エトワール。エトって呼んでほしい。"


どうしてこう答えたのかも、私にはもうわからない。でも、それが正しい答えな気がしたからそう答えた。

老人の妻は、私の手を握った。


"そうかい、いい名前をもらったんだねえ。少しの間だけれど、よろしくねえ。エト。"


その握手は老婆の冷えた手の感触こそ伝わってきたものの、手の温度とは真逆の暖かさが伝わってきた。

そして次の朝、私は彼らからの朝食をまた"頂きます"の言葉と共に頬張った後、彼らの見送りを受けながらその都市を離れた。"また、いつか。"と言ってから。

結局、その都市には母らしき人は居なかった。

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