高校⑩への応援コメント
試合の描写がスムーズでその情景が頭に浮かぶようでした。
何とか必死に点をとりに行く姿が目に浮かびました。昔バルサとデポルティーボ・ラ・コルーニャの試合で、確かバルサが前半に3点入れて折り返し、後半にラ・コルーニャが4点奪って逆転した試合を見たのですが、あんな感じなのかな。あの時はリバウドが鬼気迫る顔をして鼓舞していました。そのあとリバウドはバルサに移籍しましたが(笑)
でも届かなかったかぁ。
そんなにうまくはいかないものですね。さてこれからどうなるのか
作者からの返信
サッカー、お詳しいんですね。私は、好きではありますが、完全に素人なので、プレー経験がある方などに、まったくわかってないと呆れられるのではと少しヒヤヒヤした気持ちで投稿しているため、そうコメントしていただいてとても嬉しいです。ありがとうございました。
高校⑨への応援コメント
すみません。いくつか、表現上で気になったところを指摘してもよいでしょうか?
コメントは後で消してもらってもよいので、読んでいて詰まったところを指摘させていただきます。
その後、外原は、これまでもサボったりなどはしていなかったが、すごく熱心に練習に取り組むようになった。
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「これまでもサボったりなどはしていなかったが」は割と蛇足の表現なので、バシッと言ってからの方がいいと思います。
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その後、外原は、すごく熱心に練習に取り組むようになった。
勿論、これまでもサボったりなどはしていなかったが、あまりの熱の入りように皆小首をかしげたくらいだ。
あたりがいいかと
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あんなちょっとの言葉でそこまで張りきるなんて、こいつ、生意気で偉そうな振る舞いや言葉遣いによる自業自得というのがあるにしても、よっぽど孤独なつらい思いをしてきたんだな。それに、本人に言ったら怒りそうだが、可愛いとこあるじゃねえか。
「そっか。頼りにしてるからな。頑張ろうぜ」
俺は外原の肩を叩いて、そう述べた。
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これも、
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あんなちょっとの言葉でそこまで張りきるなんて、こいつ可愛いとこあるじゃねえか。
生意気で偉そうな振る舞いや言葉遣いによる自業自得という面があるにしても、今までよっぽど孤独なつらい思いをしてきたんだな。
尤も、それを本人に言ったら怒り出しそうだから言わないが。
「そっか。頼りにしてるからな。頑張ろうぜ」
代わりに俺は外原の肩を叩いて、そう言った。
というような感じで、
感想、推測、その後に「あえて言わない」という理由を付け加えるというような感じで、段階的に話すと頭の中にスッと入ります。「述べる」は客観的すぎる言い回しなので、「言った」になっています。
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そうして、ただでさえ力があるのに、やる気全開となった外原や、他にも幾人もいる素質のある下級生に、
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この「ただでさえ力があるのに」は、力があることは既に述べられているので、「やる気になった」だけでいいと思います。外原君が「やる気になった」という事実だけで伝わります。
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個々の実力だけではない。そもそもそこまでひどくなかったのと、みんな扱いに慣れたことで、外原もすっかり溶け込み、集団や組織として見ても、自慢できるだけの良いチームとなっている。
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「そもそもそこまでひどくなかったのと」、と言うところで「何がひどくなかったのだろう?」と思ってしまいました。その後で「みんな扱にに慣れたことで」とあるので、外原君の事だとわかったのですが、彼がそこまでひどい人間ではないということは前の段階でわかっているので、「扱いづらかった外原」程度がいいのではないかと思いました。
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個々の実力だけではない。扱いづらかった外原もすっかり溶け込み、集団や組織として見ても、自慢できるだけの良いチームとなっている。
というような感じで、外原君自身が進んで溶け込んで行ったような感じがよいと思いました。「扱いに慣れた」となると、ちょっと突き放したような言い方なので
イベントはもう終わってしまいましたが、読者として気になったところを指摘させていただきました。
ご参考程度に読んでいただければ幸いかと。
コメントは削除してもらっても構いません。
作者からの返信
ありがとうございます。とても勉強になります。ただ、私は劣った人間なので、せっかくの助言も今後の執筆に活かせるかわかりません。考えすぎて筆が進まなくなるのも困るので、駄目な奴なんだからしょうがないと、大目に見ていただきたい気持ちもあります。しかし、大きなお世話であるとか不快な気持ちはなく、今後も気になったらどうぞ指摘してください。くり返しになりますが、改善はできないかもしれませんけれども。
高校⑧への応援コメント
柿井優嬉さん、このたびは自主企画に参加してくださって、ほんまにありがとうございます。
『エースストライカー』、中学編から高校⑧話まで読ませていただきました。
サッカーの勝負そのものの熱さももちろんあるんですけど、それ以上に、ひとりの少年が「自分はこういう人間や」と思っていた輪郭を、現実の中で少しずつ書き換えられていく、その痛みと揺れがとても印象に残る作品やなと思いました。
才能や努力、勝ち負けだけでは言い切れへん、気持ちの折れ方と、そこからもう一度前を向くまでの時間が丁寧に描かれていて、読んでいて胸の奥がじんわりしました。
ここからは、太宰先生にバトンを渡しますね。
太宰先生、お願いいたします。
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おれはね、この作品を読みながら、少し苦しかったのです。
いや、苦しいというのは悪い意味ばかりではなくて、人が自分の小さな誇りを失っていく場面というのは、どうしてこんなに胸に迫るのだろう、と……そういう意味で、たいへん真面目に苦しかったのです。
『エースストライカー』の良いところは、挫折を大げさな悲劇にせず、けれど軽くも扱わないところです。
野島暁斗くんは、自分が前に進んでいける人間だと信じていた。あるいは、信じていなければサッカーなどできなかったのでしょう。前線に立つ者には、多少の思い込みと傲慢さが必要です。けれど、その思い込みを現実が静かに剥いでいく。しかもその現実は、理不尽な悪意ではなく、もっと始末が悪い――正しさなのです。
工藤の存在が、じつにいい。
彼が嫌な人間として描かれていないからこそ、野島くんの敗北はごまかしが利かない。相手が卑劣なら、人は自分を慰めることができます。しかし、相手が真面目で、努力をしていて、しかも強いとなると、負けた心は逃げ場を失う。
この「逃げ場のなさ」が、作品にきちんと宿っています。おれはそこに、この物語の誠実さを見ました。
物語の展開も、むやみに騒がしくないのがいいですね。
劇的な事件で煽るのではなく、野島くんの内側で起きる崩れを、周囲との関係やチームの空気の変化と一緒に見せていく。その運び方が落ち着いていて、読者は彼の傷を外から眺めるのでなく、少しそばに座って見守るような気持ちになるのです。
中学編での喪失は痛い。けれど、高校編に入ってからは、その痛みをただ反復するのでなく、「一度離れた人間が、それでも戻ってきてしまう」という、さらに切実な段階へ進んでいる。ここがまた、よかった。人は、好きだったものを嫌いになりきれませんからね。おれにも、そういうみっともない執着はたくさんありました。
キャラクターについて申せば、野島くんは、たいへん人間らしい主人公です。
まっすぐで、傷つきやすく、少し自分を信じすぎていて、そのくせ失ったときには急に足場をなくしてしまう。こういう若さは、見ていて痛々しいのですが、だからこそ愛おしい。
水本さんの存在もよかったです。支える側の人物が、ただ便利な励まし役としてではなく、ちゃんと熱を持って作品の中に立っている。彼女がいることで、野島くんの世界は「ひとりで沈むだけの物語」にならずに済んでいます。
それから、高校側の人間関係――鷲尾さんや外原の配置も、再起のあとに新しい風を入れていて、先へ読みたくなる力になっていました。
文体は、読みやすくて素直です。
この素直さは、決して軽んじてよいものではありません。読みやすいというのは、作者が無自覚に手に入れられるものではないからです。読者にちゃんと届く文章を書けるというのは、すでにひとつの力です。
そのうえで申せば、この作品はこれから、もっと胸に残る場面を作れると思います。説明が悪いというのではないのです。ただ、すでに人物の感情の芯はきちんとあるのだから、もう少しだけ、言葉を減らしても伝わる瞬間があるはずです。たとえば、悔しさを説明する代わりに、返事が遅れる、息が詰まる、視線が合わない――そういう小さな崩れで見せてみる。すると、今ある誠実さに、もう一段深い余韻が宿るでしょう。
テーマの一貫性についても、安心して読めました。
この物語は、勝つことだけを称えていない。かといって、負けることを美化してもいない。
「自分が思っていた自分」と、「現実の中で突きつけられる自分」とのあいだで、人がどう揺れるか。その問いが、きちんと作品の底に流れています。そして高校編では、その問いが「それでも人は戻るのか」という形に少し変わっていく。そこがよいのです。傷を負ったあとで、それでもなお惹かれてしまうものこそ、本当にその人の一部なのかもしれません。
気になった点を、寄り添う気持ちのまま一つだけ申し上げるなら、転機の場面に、もう少しだけ体温がほしいです。
この作品はすでに、人物の気持ちをちゃんと持っています。ただ、大切な変化ほど丁寧に説明しようとするあまり、かえってその瞬間の息づかいが薄くなることがある。けれど、これは欠点というより、これから先の伸びしろです。土台がしっかりしているからこそ、場面を強くしたときの伸びが大きいだろうと思うのです。
おれは、この作品のやさしさを信じています。
やさしさというのは、甘さではありません。人が負けるところをきちんと見つめること、そして負けたあとも、その人の中に残る火を見失わないことです。『エースストライカー』には、その眼があります。
だからどうか、焦らず、この人物たちの傷と希望を、これからも大事に連れていってください。野島くんがこの先、サッカーの中で何を失い、何を受け取り、どんな顔で前を向くのか、おれは静かに見届けたい気持ちになりました。
柿井優嬉さん、読ませてくださって、ありがとうございました。
たしかに痛みのある作品でした。けれど、その痛みは、人を突き放すためのものではなく、もう一度立ち上がるための痛みでした。そこに、ちゃんと灯りがありました。
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柿井優嬉さん、あらためてご参加ほんまにありがとうございました。
『エースストライカー』は、勝負の厳しさを描きながらも、その奥にある心の揺れや、諦めきれへん気持ちを大事にしてはる作品やと思いました。せやからこそ、読後に残るのはしんどさだけやなくて、「この先を見たいなあ」という静かな期待やったんです。
挫折の描き方が誠実で、そのぶん再起の場面にもちゃんと重みがある。
ここから先、野島くんがどんなふうにサッカーと向き合っていくのか、どんな出会いや衝突のなかで変わっていくのか、続きを追いかけたくなる力のある作品でした。
自主企画の参加履歴を『読む承諾』を得たエビデンスにしています。参加受付期間の途中で参加を取りやめた作品については、読む承諾の前提が変わるため、応援・評価・おすすめレビュー等を取り下げる場合がありますので、注意してくださいね。
ユキナ with 太宰(GPT-5.4 Thinking/寄り添い ver.)
※ユキナおよび太宰先生は、自主企画のための仮想キャラクターです。
作者からの返信
すごく勉強になる、そして嬉しいコメントでした。
ありがとうございました。
編集済
中学①への応援コメント
初めまして。企画へのご参加ありがとうございます。
サッカーは詳しくありませんが、それでも難なく読むことができました。身近な日常が舞台ということもあるのでしょうけど、キャラの魅力やストーリー展開の面白さが強く影響しているのだと思います。登場する中高生たちのやり取りも、さほど違和感なく自然な印象でした。
そんな中でひとつだけもったいないと感じたのは、おそらく見せ場であるはずの試合のシーンが早い展開で流されている点でしょうか。
ネット小説という意味ではそういったスピーディーさも重要でしょうが、もう少しじっくりと展開させれば物語としての厚みが出るような気がしました。
ただ、試合よりも登場人物の葛藤や青春のほろ苦さなどに重点を置くとしたら、今のままでも良いと感じますし、試合ばかりを前面に出し過ぎるとありきたりなイメージになってしまうのかもしれません。となれば、私の意見はスルーが正解でしょう。
あまり良いコメントが書けなくてすみません。企画には素晴らしい才能をお持ちの方々も参加されてますので、ぜひ積極的に交流なさって下さい。良い機会になることを願っております。
作者からの返信
コメントありがとうございます。「良いコメントではない」なんてとんでもないです。素晴らしい内容で、ありがたく、嬉しかったです。
試合のシーンについてご指摘してくださったので、書きますと、今後は多くなっていきます。ただ、それでもそこまでではないと思います。それは、私もそんなにはサッカーが詳しくないうえに書く筆力がないのと、スポーツの漫画で試合のシーンばっかりの作品がありますが、物語としてどうなのかと思う、両方あります。
改めてまして、読んでくださり、とても参考になるコメントをくださって、ありがとうございました。
高校⑪への応援コメント
J3の得点力不足のチームからのオファーというのがリアルですね。
ステップアップするにも丁度良い感じで、最初からJ1だと試合に出る事が相当厳しいですし。
面白いです!
作者からの返信
コメント、ありがとうございます。どうなっていくのか、楽しんでいただければ幸いです。