第2話 一階層の都市伝説
堺城ダンジョンタワー、一階層。
転移門を抜けた先に広がるのは、見慣れた石造りの通路だった。
薄暗いが、視界は悪くない。
壁面には誰が設置したのか分からない蛍光具が一定間隔で並び、足元も整備されている。
まるで誰かが作ったとしか思えない造りだ
だが日本の科学者いわく、ダンジョン内部のものはどれも地球産ではないらしい。
例えば転移門。
これはダンジョンタワーと各階層の入口に設置されてある。
行きたい階を選択すれば、その階のスタート地点まで転送してくれるというものだ。
もちろん未到達の階層には行けない仕様になっている。
この転移門は探索者協会の管理下にあり、転移にも協会の許可が必要。
基本的に探索者のランク、ステータスと階層難易度がマッチしていれば問題はない。
他にはダンジョンから帰るアイテム、転移結晶。
探索者の力の根源〈D遺伝子〉。
俺たちの武器の素材だって。
挙げ始めたらキリがないが、これら全部がダンジョンで採れる素材からできたものだ。
果たして一体誰が、何のためにこんなものを作ったんだろうか?
と、俺は日々そんな不可思議な疑問を抱きつつ、今日も当たり前のようにダンジョンでクエストを消化している。
「……さて、働きますか」
俺は腰の片手剣に手をかけながら、軽く息を吐いた。
今日受けているのは、一階層の採取系クエスト。
指定された素材を集めて帰るだけの、危険度最低ランクの仕事だ。
正直、人気はない。
報酬が安い。
達成感も薄い。
わざわざ受ける理由がない。
――普通の探索者なら、な。
俺にとっては話が別だ。
この一階層は、クエストの密度が高い。
ほとんどの探索者が素通りするせいで、未消化の依頼が溜まりやすいからだ。
つまり一回の探索で複数クエストを同時に消化することができる。
効率だけを考えれば、今の俺にはここが一番稼ぎやすいのだ。
「……仕方ないだろ」
誰に言うでもなく、そう呟く。
少しでも余裕のある生活をするには、そういう立ち回りをするしかないんだから。
俺はスマホを取り出し、配信アプリを起動した。
そしてそれをドローンとして、宙へ放つ。
ドローン一体型のスマホ。
発売当時はなんだそれと思っていたが、今となっては探索者にとっての必需品。
これがないと配信できないレベルだ。
そして配信用マイク付き無線イヤホンを装着し、久しぶりの個人チャンネルを立ち上げた。
『配信を開始しました』
今まで配信は、ずっと〈アケボノ〉のチャンネルでやっていた。
視聴者も、登録者も、あっちに全部紐づいている。
だから今の俺の配信は――
視聴者数:0
……まあ、こんなもんだ。
それでも配信する理由は一つ。
配信中のクエストは、報酬が一割増になる。
探索の安全性向上と情報共有を目的とした、協会の制度だ。
実入りの少ないクエストほど、この一割が本当にありがたい。
「じゃ、始めますか」
俺はそう言って、探索を開始する。
通路の奥から、ぬるりとした気配。
すぐに、スライムが姿を現した。
剣を振る。
核を正確に断ち、スライムは音もなく霧散した。
我ながら無駄のない動きだと思う。
だが派手さはない。
“……あ、配信始まってる?”
イヤホンを通してコメントが流れてきた。
“久しぶりですね”
”あれ? 個人チャンネル?”
視聴者数が、1、2と増えていく。
見てる人は、ちゃんといるらしい。
”アケボノ抜けたってマジ?”
”らしいな。昨日の配信で、アケボノがそんなこと言ってたぞ”
”中年が一階層やってて草”
すでに世間には広まってるか。
そりゃアケボノはチャンネル登録者10万超えの人気チャンネルなわけだし。
中には冷たいコメントもあったが、そんなことは気にしない。
報酬アップのためだ。
俺は何も言い返さず、次の通路へ進む。
ゴブリンが二体。
距離を詰め、片方を牽制しながらもう一体を斬る。
残った一体も、数秒で終わった。
”動きは相変わらず堅実”
”さすがアケボノの前衛担当”
”でも一階層かぁ”
”見応えなさすぎw ”
分かってる。
俺だって、好きでここにいるわけじゃない。
これが、今の俺にできる最善なんだよ。
俺はひたすらに剣を振っていった。
しばらく進んだところで、イヤホン越しに気になる文言が流れてきた。
”そういえば一階層の亡霊って知ってる?”
俺は思わず、足を止める。
「……亡霊?」
”出た、最近噂になってるやつw”
”ルーキーの間で広まってるな”
一階層の亡霊。
確かに、どこかで聞いた覚えはある。
探索者になったばかりの新人たちの間で最近出回っている、いわゆる都市伝説の類だったはずだ。
”めっちゃ美人な女侍らしい”
”無差別で襲ってくるって”
”実体あるのに亡霊って呼ばれてるの謎だよな笑”
俺は小さく息を吐いた。
「……それ、亡霊じゃないだろ」
実体があるなら、正体は人間。
せいぜい不法侵入者か、頭のおかしいソロ探索者。
噂話ってのは、大抵そんなもんだ。
事実かどうか分からない話に、わざわざ付き合っていられない。
まあ、仮にいたとしても一階層を狙うような相手。
警戒するほどの存在じゃないはずだ。
俺は剣を握り直し、歩き出す。
それからあっという間に指定されていた採取素材を一通り回収し、俺は通路の奥へと足を進めていた。
予定通り。
特に問題はない。
配信画面をちらりと確認する。
視聴者数は十数人。
大きな動きはないが、静かに見続けている人がいる。
”相変わらず安定してる”
”一階層でも手を抜かないの、好感持てるな”
ありがたいコメントに小さく息を吐く。
そのときだった。
”……ん?”
”ちょっと待って”
”恒一氏、今なんかいた”
コメントの流れが、わずかに変わった。
「なんか?」
俺は足を止め、周囲を見渡す。
通路は静かだ。
モンスターの気配も、異常反応もない。
”カメラの端、何か映ってなかった?”
”いや、気のせいか?”
何だそれ?
「面白半分で変なこと言うなよ」
そう言いながらも嫌な予感が胸をよぎる。
”冗談じゃないって”
”マジで一瞬、人影が”
”もしかして一階層の亡霊……とか?”
その言葉に、思わず眉をひそめた。
――亡霊。
さっき話題に出た、あの噂か。
実体があるなら人間だろう。
そう思ってはいるが、こうも立て続けに言われると無視しきれない。
俺は、ゆっくりと振り返った。
通路の奥。
蛍光具の光が、チカチカと付いたり消えたりを繰り返す。
そんな不気味な通路の中央に、一人の人影が立っていた。
女だ。
長い黒髪を背に流し、古風な和装を身にまとっている。
探索者用の装備ではない。
現代ダンジョンには、あまりにも場違いな姿。
だがはっきりとそこにいる。
”おいおいおいおいおいおいおいおい”
”マジでいるぞ”
”ガチで侍なの草”
”ゆーてる場合か”
”三枝さん、逃げよ!!”
コメントが、一斉に流れる。
俺は、無言で剣に手をかけた。
女の侍はこちらを見ている。
感情の読めない、静かな視線。
今、彼女が何を思っているのか、
こちらに敵意があるのか、
何一つ分からない。
だがハッキリしていることもある。
あれは俺の知らない気配。
モンスターとも探索者とも異なる何か。
俺たちと同じ魔力のようなものを感じるが、少し違う気がする。
画面越しでは分からない。
この距離だからこそ、感じられることだ。
そして戦いを日常の如く馴染ませたような、隙のない佇まい、
間違いなく強者のそれ。
「――――――」
女の侍は何かを小さく囁き、
腰に差した剣……いや、刀を鞘から抜いた。
シュッと空を切るような音が石造りの空間に鳴り響く。
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