謝罪から始まる快楽ダンジョン配信 ──見られるほど、傷は深くなる

濃紅

かつどうかいし

第1話 しょにち

 入場ゲートの前で、わたしは一度だけ深呼吸をした。


 都内最大級ダンジョン。

 画面越しに見ていた場所は、実物になると容赦がない。天井は高く、照明は白く、人が多い。

 まるで「全部見ているぞ」と言われているみたいだった。


 ――だいじょうぶ。だいじょうぶ。


 手が冷たい。

 でも、それは嫌な震えじゃない。


 地元のダンジョン抽選には外れた。

 お友達の皆は、今日は地元で集まっているらしい。

 待ち合わせ、雑談、軽い冗談。通知は、朝から何度も鳴っていた。


 わたしはいないものとして。


 代わりに、ここに居る。


 都会のダンジョン。

 定員がやたら多い。

 理由なんて、考えなくても分かる。


 有名参加者を引き立てるための、背景。

 観客が反応するための、数。


 ──観客要員。


 わたしにはここしかなかった。


 「……包葬、です」


 受付で名乗った声は、我ながら落ち着いていた。

 顔の大半が包帯で覆われているせいか、視線が直接刺さらない。


 灰色の地毛。

 毛先だけ、血のように紅い。

 顔は片目だけが露出していて、残りは包帯の奥。


 その片目に、視線が集まる。


 ――見てる。


 分かる。


 包帯越しに、胸元と首、脚の滲んだ赤がじわりと熱を持つ。

 恥ずかしい。

 でも、それ以上に。


 うれしい。


 観客席のざわめきが、肌を撫でるみたいに伝わってくる。


 ──この身は。


 内側で、言葉が切り替わる。


 ──この肉体は、注がれる視線に応えるために在る。


 入場。


 足を踏み入れた瞬間、脳内に無機質な表示が流れ込む。


 《初期スキル付与完了》

 《飛貫/走貫/殴貫/癒貫/雷貫》


 いつもの並び。

 誰にでもある、誰にでも同じもの。


 その下。


 《固有スキル》

 被与ノ傷

 発動条件:自傷時


 ……自傷。


 見た目由来かな…使いにくそう。


 わたしは、人の輪から少しだけ離れた。

 孤立。

 でも、完全には隠れない位置。


 視線を、待つ。


「……あの」


 来た。


 心臓が、跳ねる。


「その……すごい格好ですね」


 知らない参加者。

 戸惑いと、警戒と、興味が混ざった顔。


 ――えへ。


 話しかけられた。

 見られてる。

 ちゃんと、選ばれてる。


 怖さより先に、胸の奥が甘く疼いた。


 ──この身は。


 声が、自然に低くなる。


「……この身は、包葬。」


 言った。


 考えて、悩んで、決めた名前。

 登録したとき、一人でにやけてしまった名前。


 それを、誰かに聞かせる。


「…傷を纏い、顕現する。」


 あ、これ、だめかも…


 分かってる。

 分かってるのに。


 うれしい……


 その瞬間。


 空間が、ざわりと波打った。


 床に、無数の細い裂傷。

 壁に、引き裂かれたような痕。

 人にも、同じように“傷”が浮かび上がる。


「……っ」


 話しかけてきた相手が、思わず後ずさる。

 周囲も、一斉に距離を取った。


 ──あ。


 どうしよう。

 怖がられてる。


 でも。


 脳内表示が、淡々と告げる。


 ──発動。


 そっか。


 身体を切ることじゃない。

 この名乗り。

 この痛さ。

 この、恥ずかしさを晒す行為。


 全部、自傷。


 視線が、変わる。


 好奇心でも、軽口でもない。

 距離を置いた、確かな畏怖。


 「……関わらない方がいい」


 誰かの声。


 運営が動く気配。

 一瞬の緊張。


 けれど、止まらない。


 ダンジョンは、認めた。


 続行のアナウンスが、無感情に流れる。


 わたしは、その場に立ったまま、内心でくにゃりと崩れそうになっていた。


 怖い。

 怖いけど。


 ──えへぇ……///


 見られてる。

 怖がられてる。

 でも、ちゃんと“在る”。


 無視されていない。


 それだけで、わたしは、ここに来てよかったと思ってしまった。




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