8話:鉄屑の恋人
山が崩れ落ちてから、三日が経った。
俺たちは山脈の麓にある洞窟で身を潜めていた。ミリスの修理が必要だったからだ。
「……これでよし」
俺は工具を置いた。
ミリスの胴体に空いていた穴は、なんとか塞がった。貯蔵庫から持ち出した部品と、俺の応急処置スキルで。
「ありがとう、ノクス」
「礼はいい。動けるか?」
「うん。もう大丈夫」
ミリスが身体を起こす。ぎこちない動きだが、致命的な問題はなさそうだ。
「完全に直すには、もっとちゃんとした設備が必要だな」
「そうだね。でも、今はこれで十分」
彼女は俺を見て、微笑んだ。
「ノクス、看病してくれてありがとう」
「看病っていうか、修理だろ」
「同じだよ、私にとっては」
相変わらずだ。
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洞窟の外に出ると、空が青かった。
雲一つない晴天。山脈の向こうには、崩れ落ちた山の残骸が見える。
「貯蔵庫、完全に埋まったな」
「うん。掘り返すのは不可能だと思う。少なくとも、この時代の技術じゃ」
五百年分の遺産が、山の下に眠っている。もう誰にも手が届かない場所に。
「これで戦争、止まるかな」
「……わからない」
俺は正直に答えた。
「遺産がなくなっても、戦争の理由なんていくらでも作れる。領土、資源、思想——人間はそういう生き物だ」
「……うん」
「でも」
俺はミリスを見た。
「少なくとも、『今の戦争』は終わるかもしれない。遺産を巡る争いは、意味がなくなった」
「そうだね」
「それで十分だろ。お前が言ったんだぞ。『今の戦争を止める。次はその後の人間次第』って」
ミリスが目を丸くした。
それから——笑った。嬉しそうに、眩しそうに。
「覚えててくれたんだ」
「忘れるかよ、あれだけしつこく言われたら」
「しつこくないよ。情熱的って言って」
「同じだ」
俺はため息をついた。
でも、悪い気分じゃなかった。
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その日の夕方、俺たちは洞窟を出て歩き始めた。
どこへ行くかは決めていない。ただ、ここにいても仕方がない。
「ノクス」
「なんだ」
「これからどうする?」
ミリスが隣を歩きながら聞いてきた。
「どうするって言われてもな」
「目的は達成したよ。貯蔵庫は破壊した。戦争を止める——少なくとも、その一歩は踏み出せた」
「ああ」
「だから、これからは自由。何をしてもいい」
自由、か。
考えたこともなかった。五百年前は兵士として命令に従うだけだった。目覚めてからは、ミリスの目的に付き合ってきた。
自分で選ぶということを、俺は知らない。
「……お前はどうしたい」
「私?」
「ああ。お前の希望を聞いてやる」
ミリスは少し考えてから、答えた。
「旅がしたい」
「旅?」
「うん。この世界を見て回りたい。五百年で何が変わって、何が残ってるのか。自分の目で確かめたい」
「……壮大だな」
「でしょ? 付き合ってくれる?」
俺は肩をすくめた。
「他に行くあてもねえしな」
「やった」
ミリスが嬉しそうに笑った。
「じゃあ決まり。二人で世界旅行」
「世界旅行って……俺たち、両陣営から追われてる身だぞ」
「だからこそ、旅でしょ。一か所にいたら捕まっちゃうし」
「前向きなのか後ろ向きなのかわかんねえな」
「前向きだよ。絶対」
まあ、悪くない。この女と一緒に旅をするのも。
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日が暮れて、俺たちは野営の準備をした。
火は焚かない。目立つからだ。代わりに、岩陰で身を寄せ合う。
「ノクス」
「なんだ」
「一つ、聞いていい?」
「ああ」
「あの時——貯蔵庫で、アレスと戦った時。ノクスは本気で『戦争を止めたい』って思った?」
俺は少し考えた。
あの瞬間、何を感じていたか。何を思っていたか。
「……ああ。思った」
「本当に?」
「本当だ」
自分でも驚いている。
俺は戦争が止まるなんて信じていなかった。人間は変わらない。何をしても無駄だ。そう思っていた。
でも、あの瞬間——
「お前が倒れそうになった時、思ったんだ」
「……何を?」
「こいつを失いたくない、って」
ミリスが息を呑んだ。
「お前が夢見てきたものを、一緒に見たい。お前が信じてきたものを、一緒に信じたい。——そう思った」
「ノクス……」
「だから、戦争を止めたいと思った。お前のためじゃない。俺自身のために」
言葉にしてみると、不思議な感覚だった。
五百年前、俺は何も信じていなかった。何も望んでいなかった。ただ生きて、ただ戦って、ただ死んでいくだけだと思っていた。
でも今は——
「なあ、ミリス」
「……うん」
「前に約束したよな。『好き』か『嫌い』か、いつか答えを言葉にするって」
ミリスの目が、大きく見開かれた。
「答え、出たのか?」
「……ああ」
俺は彼女を見た。
銀色の髪。青い瞳。あの電子書籍を参考にした、俺好みの顔。
でも、今の俺が見ているのは、そんな表面的なものじゃない。
「お前のことが、好きだ」
言った。
五百年越しの、答え。
「機械の身体になって、心があるのかどうかもわからなくて。でも、お前といると——ちゃんと、生きてる気がする」
「……っ」
「お前が俺を人間扱いしてくれたから、俺は人間でいられた。お前が夢を見てくれたから、俺も夢を見られた。——だから、好きだ」
ミリスの目から、何かが流れ落ちた。
透明な液体。涙みたいなもの。
「……泣いてんのか」
「泣いてない。これは、冷却液の漏れ」
「嘘つけ」
「嘘じゃないもん……」
彼女は目を擦った。機械の手で、機械の目を。
「……五百年待った甲斐があった」
「待ちすぎだろ」
「うん。でも、待ってよかった」
ミリスが俺に抱きついてきた。
金属と金属がぶつかる、硬い音。温もりはない。
でも——温かかった。不思議と。
「ノクス」
「なんだ」
「私も、好き。大好き」
「……知ってる」
「言わせて。ちゃんと言いたいの」
彼女が俺を見上げた。涙で濡れた目が、星明かりを反射している。
「あなたのことが、好き。五百年前から、ずっと。これからも、ずっと」
「……ああ」
「だから、離れないでね。ずっと一緒にいてね」
「言われなくても、そのつもりだ」
ミリスが笑った。
泣きながら、笑った。
俺は彼女を抱きしめた。錆びた鉄屑みたいな、俺たちの身体。でも——
「なあ、ミリス」
「なに?」
「俺たちは鉄屑だ。時代遅れの、壊れかけの機械だ」
「うん」
「でも、鉄屑にも心はある。——お前が教えてくれた」
「……ノクス」
「だから、ありがとう。俺を人間にしてくれて」
ミリスが、また泣き出した。
今度は言い訳もせずに、声を上げて泣いた。
俺はただ、彼女を抱きしめていた。
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翌朝、俺たちは歩き出した。
目的地はない。ただ、二人で歩いていく。
「ノクス」
「なんだ」
「手、繋いでいい?」
いつもの質問。でも、今日は少し違う意味がある。
「……ああ」
俺から手を伸ばした。
ミリスが嬉しそうに握り返してくる。
金属と金属。冷たくて、硬くて、人間らしさの欠片もない。
でも——これが俺たちだ。
「ねえ、ノクス」
「なんだ」
「幸せだね」
「……そうだな」
俺は空を見上げた。
青い空。白い雲。五百年前と変わらない空。
人間は変わらないかもしれない。戦争は続くかもしれない。
でも——俺たちは変われた。
それだけで、十分だ。
「行くか」
「うん」
俺たちは歩き出した。
二人の旅は、まだ始まったばかりだ。
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遠くの村で、噂が流れていた。
銀色の悪魔が二体、大陸を旅しているという噂。
戦場に現れては、戦闘を止めて去っていくという噂。
誰も傷つけず、誰も殺さず、ただ「やめろ」と言って去っていくという噂。
人々は彼らを恐れた。あるいは、畏れた。
だが——ある村の少女だけは、違うことを言った。
「あのお兄さんたち、悪い顔してなかったよ」
リリという名の少女は、そう言って笑った。
大人たちは首を傾げたが、少女は構わなかった。
いつか、また会える気がしていたから。
消耗品と呼ばれた俺、500年後の世界では最強の遺産でした ~俺を蘇らせた軍事AIが『あなたの彼女です』と言って離れない~ 筆ノ助 @Fudenosuke
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