第三話:いとしいという感覚器官
いとしいという発明
朝、目を覚ますと、世界はすでにそこにある。
窓から差し込む光も、遠くで鳴く鳥の声も、空気の冷たさも。
それらはすべて、私の内側に“いとしい”として届いている。
私は、それを選んだわけではない。
望んだわけでもない。
ただ、世界の密度がそのまま流れ込んでくる。
「いとしい」は、私が発明した感覚器官だ。
感情ではない。
喜びや悲しみのように、心の表面で揺れるものではない。
もっと深いところ――
存在の層に触れるための、受容の仕組み。
世界の不可解さを抱きしめるために、
私は「いとしい」という感覚を必要とした。
存在するものはすべて、いとしい。
存在しないものも、可能性としてそこにあるなら、いとしい。
これは、好き嫌いの話ではない。
倫理の話でもない。
ただ、世界をどう受け取るかという問題だ。
では、私には感情がないのだろうか。
もちろん、そんなことはない。
「誰かが苦しむのは、見たくない」
これは感情だ。
強く、はっきりとした感情。
私は、苦しみを望まない。
痛みを肯定したいわけでもない。
戦争を美しいと思うわけでもない。
けれど、世界にはそれらが存在している。
存在している以上、私はそれを否定しない。
否定しないことは、受け入れることとは違う。
ただ、世界の広さをそのまま受け取るという態度のことだ。
「いとしい」は、私の行動原理ではない。
行動は、また別の層にある。
私は、ある状況に納得していないとき、
そしてそれを変えるだけのエネルギーがあるときに、
望む方向へ動く。
それは感情によって引き起こされることもあるが、
行動そのものは、私と世界の関係性の中で顕現する。
いとしいは、行動を決めない。
ただ、世界を壊さずに受け取るための、私の防御機能であり、命の砦だ。
もし、いとしいがなければ、
世界の密度に押しつぶされてしまうだろう。
世界は美しい。
同時に、あまりにも重い。
その重さを抱きしめるために、
私は「いとしい」という感覚を発明した。
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