第二章① 「宇宙と続きの自己」(沢木老師の言葉)を修行する 

第一節 修行とは、元々宇宙と続きの自己が、よりいっそう宇宙と続きの自己に深まって行くことである 


 内山老師は「仏法ぶっぽうとは天地一杯てんちいっぱいの自己を生きる事」とおっしゃっています。

 沢木老師は「宇宙とぶっ続きの自分」とよく言われました。

 

 坐禅をし始めて、しばらくして、「もともと宇宙と続きの自分なのに、何で坐禅修行しないといけないんだろう。」という疑問がわいてきました。長い間わかりませんでしたが、ようやく自分なりに、「修行とは、もともと宇宙と続きの自分が、よりいっそう宇宙と続きの自分に深まって行くこと。」と理解するようになりました。

 この事を正法眼蔵しょうぼうげんぞう発菩提心ほつぼだいし)」には、


 「これみな発菩提心中にしてさらに発菩提心する」

 【現代語訳】

 真実の真っただ中で、さらに真実に生きようと願う


とあり、また正法眼蔵しょうぼうげんぞう夢中説夢むちゅうせつむ(夢の中で夢を説く)」の巻がありますが、この「夢中説夢むちゅうせつむ」は、どういう意味かというと、法華経の諸法実相しょほうじっそう(すべてのものが、真実の姿を現わしている)の観点からみると、夢もまた真実ということです。つまり「夢中」(真実のまっただ中で、)「説夢せつむ」(真実を説く、修行する)という意味になります。


 「夢中にあらざれば説夢なし」(夢中説夢)

 【現代語訳】

 夢中⦅真実のまっ只中⦆でなければ、説夢⦅真実を説く、つまり修行すること⦆

 はできない。


 元々、宇宙と続きの自分だからこそ、宇宙と続きの坐禅ができるのです。

 正法眼蔵しょうぼうげんぞう大悟たいご」には、


 「大悟たいご拈来ねんらいして、さらに大悟たいごするなり。」

 【現代語訳】

 大悟たいご⦅元々、宇宙と続きである自己⦆を取り上げ、用いて、さらに一

 層、宇宙と続きの自己に深まって行くのである。


とあり、正法眼蔵しょうぼうげんぞう有時うじ」には、


 「それ尽界じんかいをもて尽界じんかい界尽かいじんするを、究尽

 《ぐうじん》するとはいふなり。」

 【現代語訳】

 ずっと以前から、⦅尽界⦆宇宙と続きである自己をもって、⦅尽界⦆宇宙と続きの自

 己を⦅界尽⦆究め尽くしていく、深まっていくのを、⦅究尽⦆どこまでも深まり究

 め尽くしていくと言うのである。)


とあります。

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