第7話:兵器学園の劣等生

 高度三〇〇〇〇フィートの空。

 あらゆる地上の生物が――渡り鳥すら到達不能な、極寒地獄のただ中を突っ切る一つの影がある。


 量子機甲兵ナノドール、その戦闘形態。


 まるでプラモのパーツのように色分けされた金属製の装甲を、頭や、腕や、足などに余すところなく装備したそれは、反重力を生み出す翼とジェット推進の力によって宙を自在に駆け抜ける人間大の流星だ。


 レーダーモードの空中操盤エアコンソールを周囲に展開しながら、その量子機甲兵ナノドールは雲の間を抜けた。

 時々、視界をよぎってゆく半透明の素材でできた多面体は〝敵〟の出現に伴った副産物で、その密集率の高さから原因となった存在がそう遠くないことを匂わせていた。


 と、ふいに、レーダーに映る影が動く。

 一つがコースを外れると、示し合わせたような動きで、その向かいからもう一体、右、左、斜め、逆斜め……計六体の標的が直進起動を取り始め、気付いた時には囲まれていた。

 慌てて迎撃体勢をとると、操盤コンソールに投影された赤点が彼女の元に殺到する。


『――っ!』


 思わず顔を引きつらせ【ナイトメア】は停止した。

 望遠モードの視界にはミサイルのように突っこんでくる細長い物体が映っていて、よく見るとそれは半透明の殻を身に纏う、ある種の生物らしかった。


 異界生物――次元獣フラクタル


 量子機甲兵ナノドールの討つべき敵である。

 侵略者達を迎え撃つため【ナイトメア】は意を決し、両腕に装備されているCビーム砲をアクティブにした。吸収されたエーテルが量子炉の中で縮退を起こし、この世ならざる光を放つ。


 二発のビームは直進し、迫りくる敵を牽制した。間髪入れずにもう二発、四発、六発、八発と、縮退率を重視しない速度重視の攻撃を敵性種へとばら撒くと、その一発が幸運にも前の一体に命中する。


 とりあえず、まずは一体目!


 でも、あと五体が問題だ。

 素早く後ろを振り向くと、迫り来る敵の一体が前に突き出した鋏状の砲門から細いビームを撃ち返してきた。間一髪、目と鼻の先でそれを避け、回避軌道をとった彼女は、跳ねる心臓を必死になだめて冷静になろうとする。


 だいじょうぶ……そんなに威力はたかくない!


 彼女は自身にそう言いかせ、教本通りの軌道を取った。妙なアレンジを加えないことが、性能のあまりよくない機体が取ることののできる唯一の生存戦略だ。攻撃の手を緩めずにいると接近してきた尖兵にCビームが命中した。


『エネミークリア! のこり四! 回避軌道からげいげきっ……きゃあ!?』


 だが現実は非情である。

 戦果を復唱するさなか腹部に強い衝撃があった。

 まるで何かを削られたような痛みとは違うその感覚は、周囲に展開されている不可視の力場が、傷付き、修復された際のもの。見れば、ライフを現す数値が結構な量減っていた。


 このエネルギーが空になることは戦闘不能を意味している。無論攻撃を受け続ければ、いかに超兵器といえども空の藻屑となってしまう。

【ナイトメア】はしゃにむに撃ち、悲鳴に近い声を上げながら敵とは逆の方へと逃げた。


 この場合、相手から距離を取ることは賢明なことと言いがたく、主力武装の有効射程がそう長くないことを考えるとむしろ悪手とさえ言えるのだが、切羽詰まった今の彼女にそう考える余裕はない。


 武装が少ないこともありスピード自体は悪くなかった。しまいに撃つことすらやめてただ逃げることに専念すると、レーダーに映る赤いマーカーはどんどん遠くなっていった。

 ある程度距離が開いた時、攻撃はついに届かなくなる。

 とりあえずこれで一安心。まずは体勢を立て直し、身を守ることに専念しなくては……


 思い、加速を解除した【ナイトメア】は、まるで巨大な綿飴のような積乱雲に頭から身を突っこんだ。

 豪雨やあられを引き起こす入道雲とも呼ばれるその雲の中は、雹が跳ね飛び、雷が鳴り、お世辞にもあまり快適でないが、物理法則を超越した異相の力場がある限り障害になることはない。そうしてしばらく目を瞑り、外部から遮断されることで平静を取り戻した彼女は、飛行機雲を引き連れて雷雨の中から離脱した。

 戦況は、正直微妙だ。

 敵との距離を稼げたとはいえ、ずっと安全なわけではない。

 ともかく位置を見極めようと操盤コンソールをスワイプし、彼女はふいに固まった。



『……………………え?』


 思わずぽかんとしてしまう。

 そこには敵の姿が見えた。もちろん戦闘中なので新手が来たとも想定できるが、映りこんでいる敵の影――巨大な赤いマーカー――は近くに迫っているのではなく、自身と重なるようにして画面の中心に映っていた。


 一体、どういうことなのか?


 そう考えた矢先のこと、まるで雨雲がよぎったように、突然、世界が暗くなる。

 顔を上げると、触手が見えた。

 イカやタコなどのものではない。ぬめぬめと横に広がるそれらは、その先祖にあたる頭足類「ネクトカリス」のもの。全長はゆうに十メートルはある。気付けば、そんな化物が目と鼻の先に迫っていた。


『ひっ……あっ』


 悲鳴を上げることすらできない。

 感情のない巨大な眼球で小さな獲物をとらえたそれは、対の触手をゆっくり伸ばし、巨大な漏斗を露わにする。


 それは量子炉の「砲」だった。


 扁平な胴の内部では今まさに縮退中のエーテルが臨界点に到達していたのだ。無論、避けられるはずもない。呼吸にも似た駆動音ともに、行き場を失った破壊の光は、たちまち太いビームとなって――


『あっ……あああっ………!』


 視界がホワイトアウトする。

 終了を告げるアラームが鳴り、仮想空間の訓練場は量子の海に溶け消えた。


 現れたのは巨大なドーム。その中心にぽつんと佇み、放心している少女の耳に『不合格』というアナウンンスが、身も蓋もなく告げられる。


 ああ、わたし、またやっちゃった……


 背後で、次の訓練生が飛び立つ準備をする音がした。

 ややあって、彼女はしょんぼりと肩を落とし量子装甲を解除した。

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