第6話:はじめてのともだち

 終業を告げるベルが鳴り、昼休憩の時間になった。


 兵器とはいえ少女達。広々とした教室は甲高い声でかしましい。

 ちっちゃな体を脱力させて千里も存分伸びをした。

 しんどい時間はここまでだ。初等科における時間割では、今日のような午前が座学の日はいわゆる半ドンとなっていて、よってこれから明日の朝までこれという予定がないのである。


 なんにせよ、腹が減ってはなんとやらだった。

 よいしょと席を離れた千里はツインテールをひるがえし、外に出る。

 上履きを兼ねたローファーでとことこ廊下を歩んでいくと、まるで虎にでも出くわしたように生徒達が左右に分かれていくが、ある目的のことを思うとむしろ邪魔がないのは都合がいい。


 ようするにそれは人探し。

 探しているのはさっきの授業で斜め前の席に座っていた少女であった。

 チャイムと同時に席を立ち、せわしなく教室を出ていてしまったその女の子は、どうやら人ごみに紛れてしまったらしく、きょろきょろ辺りを見渡した千里は目を細めて廊下全体を見渡してみた。


 と、あるものが目に飛びこんでくる――シニョンのような丸みを帯びた紫色のクリアパーツ。


(見つけたぜ)


 ヘッドセットと呼ばれるそれらは、この学園の生徒達が通信、その他諸々の理由から頭部に常時展開を義務付けられている量子装甲の一部である。そして、それらの形状はオーダメイドであるために一つとして同じものがない。


「なぁ、お前」


 ゆえに、つかつかと歩み寄り、その持ち主に声をかける。


「今から、ちょっとツラ貸せや。確かめることがあっからよぉ」


 するとビクリと肩が跳ね小さな背中が固まった。


「あ、どうしたよ、ガタガタ震えて? 寒いんか?」


「しゃ、しゃむふは……っ」


「あ゛ぁ? 聞こえねぇぞ?」


 眉をひそめて顔を近付けると、真っ青な顔で震えるその子は追い立てられた羊のようにじりじりと壁に後退していった。


「別にとって食やしねぇって。聞きてえことがあるだけだ」


「な、なにを……?」


「とぼけんなって。お前だろ、さっきのやつをやったのは?」


 言いながらドンと壁を叩く。

 多分、気の弱い子なのだろう。泣きそうな顔で縮こまるその子は目をあちこちに泳がせた後、やがて小さく頷いた。


「やっぱりなぁ! あん時、一瞬目ぇあったもんなぁ!」


「あ、あの、わたし……」


「オレ、サウザンド! さっきはサンキュ、助かったぜ!」


「あ、えっと、わたしその……っ」


 少女はすうっと息を吸い、しゃちこばった。

「わ、わたしは、第五世代型NCO――MR5/ALP-001。所属のラボはB4区画の……」


「いや、そういうのじゃなくってさ、呼ぶときのやつ教えろよ?」


「そ、それは……【ナイトメア】」


悪い夢ないとめあ? えらいぶっそうな名前だな?」


 千里はけげんな表情で目の前の少女をまじまじ見つめた。というのも、目を潤ませて震えるその子は、どう考えてもそんな言葉とは正反対の外見なのだ。


 あえて印象を挙げるなら……小動物とでもいうべきだろうか?

 透き通るような色白の肌。どこか羊を思わせる毛量の多いショートの銀髪。展開しているヘッドセットはこちらのような角型ではなく、お団子みたいな半球型で、平均よりやや小柄だが、セーラー服の胸元だけが少し窮屈になっている辺り、少女としての発育はこの体よりかなりいいらしい。


 どんなクラスにも一人はいるトロい女子という感じの子だった。

 エリート揃いのこの学園ではある意味浮いた存在かもしれない。


「いまからメシ?」


「うん、ごはん……」


「だったら、いっしょに食堂いかね? なんでも好きなのおごったる!」


 え、でもそんな……という顔になるナイトメアに千里はニッと白い歯を見せた。

 善意は善意で返すのがアウトローなりの矜持というものだ。

 こうして入学三日目にして初の道連れを得た千里は、おっかなびっくり付いてくる小柄な少女の手を引きながら、宇宙船の船内を思わせるパイプ状の通路を通り抜け、第五階層の深部にあるスライド式のゲートをくぐった。


 現れたのは大広間。

 金属できたレンガの壁や、LEDのロウソクといったイミーテションが目を引く「近未来的中世」とでも呼ぶべき景観のそこは、ナノドール用に造られた兵器専用食堂である。

 早い話が学食だった。

 とはいえ地上の学校とは比べ物にはならない場所だ。


「うひょ~! ンまそうだな、このカツ丼!」


 甲高い声で叫んだ千里の眼前には、選んだメニューの幻視立体ホロオブジェが原寸大で映し出されている。操盤コンソールを手でスワイプすると、それらは一度縮小されて別のメニューのページに移る。


 それこそが、ここのいいところ。

 いかにナノテク全盛時代といえど、このようにパーソナルネットワークを利用してメニューを直接注文できる食堂は地上にはあまり広まっていない。その上メニューのレパートリーは、おかずやデザート単品だけで軽く200を超えるというから、大食漢の不良としてはまさしく夢の場所だった。


「あー、でも結構高ぇなこれ。九八〇評点かぁ」


「あの、えっと……」


「ま、いっか。まだまだ余裕あるしな、点数。お前も好きなの頼んでいいぜ?」


「わたし、でも……」


「気にすんなって。これもなにかの縁だしよぉ、ちょっと礼ぐらいさせろよ、な?」

 ぽんぽんと肩を叩いて言うと、ナイトメアは戸惑いながらも小さくこくりと頷いた。

 そうして一旦、その場で別れ、配膳用のトレーを持って自動売店の列に並ぶ。

 果たして、それから数分後、千里は食堂の真ん中の席を堂々と陣取っていた。連れの少女が現れたのは、それから少ししてだった。


「それじゃあの……い、いただきます」


「おぅ、食え食え。じゃんじゃん食え。オレのも食っていいからな?」


 向かいの席に座った少女に言うと、こくこく頷いてから手に持ったものをぱくりと摘んだ。

 ちなみに、それは定食ではなく、たった一五〇評点の「ひとくちリゾット」である。千里であれば文字通り一口で胃に収まってしまいそうな代物を、彼女はしかし、ついばむようにふーふーしながら食べていた。


「どうせなら、もっと高いのたのみゃあいいのに?」


「これです、いっつも」


「マジかオイ? 食わねぇとデカくなれねぇぜ?」


「サプリがあります」


「バッカお前、ンなケチなもんにたよってねぇで太れるうちに太っとけ」


 言いながらペッと吐き出したのは口に残った鶏の骨。

 ちなみにそれは二本目で、他にもカツ丼、ラーメン、ポテト、衣たっぷりの天ぷらなど、陣取っているテーブルの周囲にはカロリーが高くしょっぱい料理がこれでもかというほど並べられていた。 呆気にとられる少女を尻目に「食べる」というより「呑む」ような勢いで千里はそれらを平らげてゆく。


「んぐっ、はぐはぐ……にひても、あえだな。こっひでフツーに話したの、たぶんお前がはじめてだわ」


「わ、わたしが?」


「んっ……そうなんだよ。なんか知らんが編入してから、やたらみんなに避けられててさー?」


 むぐむぐと口を動かす千里は、ここ数日の違和感のことを考えていた。

 それが気のせいでないことは周りを見れば明らかだろう。この混雑する時間帯、目立つ場所にある大テーブルが丸々貸し切りなことが、そもそも異様な状況なのだ。


(やかましくなくていいけどなー)


 とはいえ気分がよくはない。

 別に元から不良だし人に避けられること自体には慣れているが、思い当たる節が全くないのに腫れ物のように扱われるのは、さすがにちょっと不本意だった。


「まあ、だからこそっつうの? さっき助けてくれた時、普通にうれしく思ってさ、こういう場所にもお前みたいないいヤツがいるんだなぁって」


「わ、わたし、べつに、そんなこと……っ!」


 真っ赤になって慌てる少女は、紫色の目を潤ませながら唇をぎゅっと噛み締めた。

 人見知りするタイプらしい。

 こんなちょっとした会話にもひどく緊張しているようだ。


「ご、ごめんなさい……」


「あ、なんだ急に?」


「誤解してました、あなたのこと。〝影の支部〟からきたひとだから、こわいひとかとおもってしまって……」


「なんのことだ?」


「……っ!? しらないんですか!? 新世代型〝番外機ガイバー〟の噂、学園中で話題ですよ!?」


 くりくりした目を見開く少女は信じらないという表情で見つめきた。

 聞けば、その〝番外機ガイバー〟なるスラングは、彼女達とは出自の異なる特殊な少女兵器を指す言葉らしい。


「例年一人か二人……おおいときだと三人くらい、急に転校してきては模擬戦スコアをあらかせぎして、すぐきえちゃったりするんです」


「あー、そっか。そういやオレの出自って、書類上、別の場所ってことになってんのか」


「しょるいじょう?」


「気にすんな! まー、ようするに、アレだろようは? すげーヤツだと勘違いされてめちゃくちゃビビられてたわけだ?」


「目をあわせただけで相手を石にする機能があるってききました」


「そりゃあシカトもされるわなぁ!」


 千里は声を上げ笑った。

 そこまで極端な噂が立つのは、むしろ清々しくもある。


「心配せんでもお前のことを石に変えたりはしねぇぜ、オレぁ?」


「あ、はい、それはなんとなく……いい人だなぁっておもったから」


「メシおごったぐれぇで大げさだな?」


「そういう意味じゃありません。だってあなたは、こんなわたしにも気さくにはなしてくれました」


「イヤに卑屈じゃねぇか、オイ? 見るからに頭よさそうなのによぉ」


「そう、ですか?」


「おぅともよ。あんなむつかしい問題を解けるって時点で下手な大人よりかしけぇぜ?」


 すると少女は苦笑した、子供らしくない表情で。


「ここでは座学の成績は、はっきりいって二の次なんです」


「お、わかったぜ? さてはお前、頭は普通にいいのに実技のほうがダメなんだろ?」


「そうですね。わたしの兵器ランクはE……つまり下から二番目ですから」


 彼女はしゅんとうなだれた。

 兵器ランクというのは確か、実技やテストの成績を元に算出される独自の学内格付けのことで、Aに近いほど高評価、Fに近いほど低評価というものである。とはいえ空さえまともに飛べれば早々Fにはならないと聞いているので、実質的にEというのは最低ランクなのだろう。


「わたしみたいなダメな子は相手にするだけむだだから、こうしてはなしてもらってるだけで、ほんとはすごく光栄なんです」


「オイ待てよ! ンなこた別に関係ねぇだろ。てめぇのランクがどうだろうと話してぇヤツと話しゃいい」


「……本当にそう思います?」


「あぁ?」


「……あなたにはわからないですよ」


 それきり会話は途絶えてしまった。くせ毛の少女はうつむいたまま自分の殻にこもってしまう。


 千里はチッと舌打ちした。

 会話を打ち切られたからではない。

 彼女の顔に浮かんでいるのが、自身の最も嫌うもの――諦観であるとわかったからだ。


(薄々気付いたちゃいたけどよぉ……)


 千里は辺りを見回して、学食中に見られる光景――特定の一人を囲むようにして構成されたグループや、隅っこの方でちぢこまり肩身を狭くしているグループ、あるいは他の集団にへつらうような態度のグループ――などに目をやった。


 別に珍しいものでもない。

 個人や集団同士の付き合いに暗黙の上下関係が生まれることは、学校ではよくあることだ。


 現に自分が元いた場所にもそういったものはありはしたが、さすがにここまで露骨なものを見るのは始めてだった。多分、空気のせいだろう。兵器としてのランクという目に見える形の「身分」があるので、ナイトメアのような落ちこぼれにはどこにも居場所がないである。


(気にくわねぇ)


 そう思うのは、カースト制度そのものではなく、それを受け入れてしまっている彼女自身に対してだ。

 押し付けられた価値観になぜ抗おうとしないのか? 

 目の前にある理不尽と戦わなくてどうするのか?


「……あの、わたし、そろそろいきます。これ以上、あなたとおはなしてると、ナマイキだっておもわれちゃうから」


 席を立ちかけるナイトメアを千里は「待て」と引き止めた。

「え、あの、でも……」と戸惑う少女の胸ぐらを掴み、ぐいっと思い切り引き寄せる。


「コウエイだとか、ナマイキだとか、それはお前が思ったことか?」


「そ、それは、あの……」


「ざけんじゃねぇ! ンなつまんねぇ物差しでオレの行動を測んじゃねぇよ!」


 ぐいっと顔を近付けにらむと、アジサイ色の双眸が目と鼻の先で揺れていた。

 今にも泣き出しそうな表情かお


「いいかオイ? お前をメシにさそったのは、お前が上手に飛べるからでも、ビームを打てるからでもねぇ……オレがそうしたかったからだ」


「で、でも、わたしはEランカーで……っ!」


「話題をすり替えてんじゃねぇ! オレは今〝お前〟と話をしてんだ!」 


 胸ぐらを放し、突き放し、千里はまっすぐ相手を見つめた。

 上っ面だけの会話に意味などない。そういうものは嫌いなのだ。


「そもそも、どうしてお前はオレのことを助けようなんて気になった?」


「そ、それは……わかんない、です」


「オレが〝番外機〟だからじゃねぇのか?」


「ち、ちがいます、そうじゃなくてっ! こまってるっておもったから、たすけてあげたくてっ!」


 ナイトメアは、はっと息を呑んだ。

 自分の口から出てきた言葉に驚いたらしい。。 


「な、そうだろ? 別にランクがどうことかいうの考えてねぇじゃん、お前も?」


「でも、わたし……」


「別にいいじゃんか。そうしてぇと思ってしたことだったら、堂々胸をはってりゃいい。それにケチつけてくるヤツなんざ相手にしなきゃいいんだよ」


 言いたいことを言い切った千里はどすんと席に腰掛けた。

 驚いた顔のナイトメアは自身の胸に手をやってしばらくじいっと考えこんでいた。新たに芽生えた感情を整理しているのかもしれない。


「まあ、なんだ……あとアレだ。卑屈になるのやめろよ、お前。そういう態度を取りつづけてっとガチでネクラになっちゃうぜ?」


「……ご、ごめんなさい」


「それだ、それ! 悪くもねぇのに謝んなっての! いや、アレだよ……別に怒ってるわけじゃねぇけど、なんかモヤモヤするってゆうか……」


 頭をぼりぼり掻きむしりどう言ったものか考える。

 別に説教をしたかったわけではないのだ。だが言い方が乱暴なせいでうまく言葉が伝わらない。


「とにかく、もっと堂々としてろ。お前はいいヤツなんだから」


 ゆえに強引に会話を打ち切り、食事に戻ることにした。

 ナイトメアは何も言ってこない。

 その静寂をいいことに食べることだけに集中すると、空っぽの皿が積み上げられて、うずたかい山ができるのに大した時間はかからなかった。


「ふぅ、食った食った。満腹だぁ」


 ぽんぽんと腹を叩いた千里は椅子の背もたれにぐでっともたれる。

 時間はすでに一時過ぎ。

 食堂に残る生徒の数も今やまばらになっていた。

「さすがにちょっと食いすぎたか。こりゃもう晩飯いらねぇなぁ」

 そう独りごちた千里は伸びをし、のろのろ席から立ち上がる。

 そうして連れに別れを告げると、うつむいたたままの彼女を置いて出口のゲートに向かおうとした。

「――っ! まってっ!」

 しかし引き止められる。

「?」という顔で振り向くと、真っ赤な顔がそこにあった。


「あの……えっとっ」


「ん?」


「あっ、あしたまた……っ! 学校で……っ、は、なしかけても……いい、ですか?」


 ぎゅっと唇を噛み締める少女は縋るような目で見つめてきた。

 千里は、はぁ? っと眉をひそめる。


「ごっ、ごめっ……なさいっ! やっぱりウソですっ! わたしなんかが、そんなこと……っ!」


「おい、お前なに言ってんだ? 話してぇなら話しゃあいいだろ?」


「い、いいんです……か?」


「たりめぇよ。だってもうオレらダチじゃんか? いっしょにメシを食ったんだし」


 当然のことを答えるとナイトメアはぽかんと口を開けた。


「ん、もしかしてイヤなのか?」


「そ、そんなことありません……っ! で、でも、心のじゅんびとか……っ!」


「ンなもんいらねぇよ。普通にしてろ」


「さ、サウザンドさん……っ!」


「かてぇなぁオイ」


 やれやれと肩をすくめた千里は、うるうると目を潤ませる少女、ナイトメアの肩にぽんと手を置いた。こんなことでは、これから先も息が詰まって仕方ない。


「オレの名前は、そうだなぁ……サウザンドってのは〝千〟て意味だから〝センちゃん〟とでも呼んでくれ」

「わ、わかりました!」

 少女は真顔でそう言った。

 羊みたいなふわふわ頭に千里は「あほか」とチョップを入れた。

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