第1話 天才お嬢様が俺にだけ距離感がおかしい件

 高校に入学してから早一年が過ぎ去った。

 特に問題があるわけでもなく健やかに一年間を過ごすことができたと自負している。


「一人暮らしにもだいぶ慣れたかな」


 高校入学を機に一人暮らしを始めていろいろあった。

 最初は家事なんてまともにできなかったし、学校が終わってから洗濯したり料理をしたりするのは大変だったけど。


「人間って案外慣れるの早いよな」


 一人暮らしを始めて半年くらいでこの生活にも慣れてきた。

 日課になっている朝の勉強を終えてから朝食をとる。

 今日は始業式で多少気分は重いけど、絶望するほどでもない。

 普段の日常に戻るだけなのだから。


「じゃあ、行ってきます」


 誰もいない部屋にそう言って俺は学校へと向かう。

 電車に乗って数駅ほどで学校の最寄り駅に到着する。

 周囲には憂鬱そうに歩いている学生や新生活に心を躍らせていそうな新入生が見て取れる。


「俺も最初はあんな感じだったっけな? いや、もっと目が死んでた気がする」


 楽しそうに桜並木を歩く新入生たちに暖かい視線を送りながら、俺は手元の参考書に視線を落とす。

 こういう隙間時間に勉強する奴が受験を制するのだ。

 俺はそれを高校受験で実感した。


「相変わらず、勉強が大好きなんだな。陸斗は」


「うるせーよ。どうせやんないといけないんだからこういう隙間時間を活用したほうがいいだろうが。雄介は勉強しなさすぎなんだよ」


「確かにそうかも。ちょっとは見習った方がいいかも」


「そうしろそうしろ」


 いつもみたいに雄介は軽く俺の背中を叩いてから隣を歩き出す。

 こいつとの付き合いももう二年目になるのか。

 そう考えると一年という時間は短い。


「でも、僕は参考書よりも新入生の可愛い女の子を見つめてたいかも」


「気持ち悪いな。あんまり変な目で女子生徒を見て問題を起こすなよ? 巻き込まれるのは御免だからな」


「えぇ~一緒に怒られようぜぇ~」


「何で俺まで怒られるんだよ。理不尽すぎだろ」


 俺は参考書を見てるだけなのに、怒られるなんてあまりにも理不尽すぎる。

 というか、なんでこいつは彼女ができないんだ?

 同性の俺から見ても整った顔立ちをしているし、性格が悪いわけでもない。

 むしろ良いほうだと思う。


「いんや~にしても今年の新入生は可愛い女の子が多いな。声かけてこようかな?」


「……」


 こいつに彼女ができない理由が今この瞬間に判明したな。

 こんなことをいつまで経っても言ってるからこいつに彼女ができないんだな。

 なんか、残念なやつ。


「そんな目でみんなよ。冗談だから」


「どうだか。んな事よりもクラス替えが気になるな」


「だよな。僕達みたいな一般家庭出身者はどうしても肩身が狭くなるからな。できれば今年も陸斗とは同じクラスがいいな」


「俺も不本意ながらそれには同意だな」


 雄介は変な奴ではあるけど、嫌な奴ではないしどちらかと言うと良い奴だ。

 俺と同じ一般家庭出身だし、話しやすい。

 新しいクラスで一から人間関係の構築を始めなくても良いという点も魅力的だ。


「不本意って何だよ。まあ、いいや。早く掲示板見に行こうぜ」


「ああ」


 参考書をカバンにしまって俺たちは掲示板の方に向かう。

 生徒たちでにぎわっている掲示板付近の人をかき分けて、俺たちは新しいクラスが書かれた紙を見る。


「おっ、今年も陸斗と同じクラスじゃん。やりぃ」


「そうなのか。じゃあ、今年一年もよろしく頼む」


「こちらこそ。あ!? うちのクラスに天城乃々いるじゃん! ラッキー」


「天城乃々? 誰だ」


 聞いたことが無い名前だ。

 というか、俺は一年の頃から勉強しかしてこなかったからクラスメイトとか同学年の人の名前をほとんど知らない。

 というかそこまで興味がなかった。

 大体俺とは違ってどこかのお嬢様だったり社長の息子だったりと身分の高い人が多いからなお更に興味がわかなかった。


「知らないのかよ。才色兼備、眉目秀麗。どんなことでも数回やったら完全にできるようになる天才お嬢様。その美貌と才覚に惚れ込んだ男子生徒たちが告白しては撃沈しているこの玲瓏学園の高嶺の華だぞ?」


「そんな奴がいたのか。見たことないかもしれない」


「そりゃあ、歩くときも参考書を見てたら人の顔なんて見れないわな。もうちょいお前は人に興味を持ったほうが良いと思うぞ?」


「かもな。んなことは良いから早く教室に向かおう。いつまでもここにいても生産性が無いからな」


 人が多いし、何よりもまだ自身のクラスを見ていない人の邪魔になってしまう。

 だから、俺たちは自分たちの割り振られた二年四組に向かった。


「陸斗って恋人とか作る気にならないのか?」


「なんだよいきなり」


「だって、お前いっつも勉強ばっかりで誰かと遊びに行くこともないし。女の子とも話したりしないだろ?」


「言われてみればそうかもな。話す機会なんてものがそもそもなかったしな」


 毎回思うが、この学園に通っている人間のほとんどが上流階級の人間だ。

 誰も俺みたいなやつに興味を持たなかったし、俺も周りには特段興味がなかったからな。


「確かに、みんな僕たちにそこまで興味ないもんね。僕もそれなりに声はかけてるんだけど、なかなか相手にしてもらえないんだよね」


「……めげないのだけはすごいと思うよ」


「だろ。でも、そろそろ僕も彼女が欲しいから今年こそは頑張る!」


 雄介はガッツポーズをして自分自身を鼓舞している。

 全くめげないポジティブ思考は尊敬に値するけど、個人的にはその明るい思考は別のところで使ったほうがいいんじゃないかと思う。


「そうかい。ぼちぼち頑張ってくれ。んじゃ、俺は席に座っとくからお前は同じクラスの女子とでも話してきたらどうだ?」


「そうさせてもらう! じゃ、またあとでな!」


 ウキウキしながら雄介は近くにいた女子生徒に話しかけに行っていた。

 相も変わらず、本当に女の子が好きみたいで満面の笑みを浮かべている。

 なんだか、絶妙に気持ち悪い。


「はぁ。二年って言ってもそこまで変わらないな」


 今のところ変わったところと言えば教室くらいだろうか?

 それくらいしか変化を感じる要素はなかった。


「あの、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「俺か?」


 席について頬杖をついていたらいきなり声をかけられた。

 鈴のように透き通る綺麗な声。

 ぼんやりしていた意識が一瞬で現実に引き戻されるような錯覚を覚えた。


「はい。あなたです。差支えがないようなら教えていただけると」


 顔を見てみれば、とても整っていて息を飲むほどの美少女が立っていた。

 透き通る長い黒髪に夜空を切り取ったかのような紫色のタレ目をした少女だった。


「宮野陸斗です」


「ご丁寧にありがとうございます。私は天城乃々と言います。これから一年間よろしくお願いします」


「え、ああ。よろしく」


 なぜ話しかけられたのか分からないうえにこんなに丁寧に話されたことがなかったから俺は戸惑ってばかりだった。

 だが、なんでこんなに可愛い女の子に話しかけられているのだろうか?

 特に理由が思い当たらない。


「はい。では失礼いたします」


 ぺこりと丁寧にお辞儀をして彼女は自分の席に戻っていった。

 いったい何だったのだろうか?


「まあ、いいか。喧嘩を売られたとかではないわけだし」


 そもそも誰かと喧嘩をするのは中学二年の頃に卒業した。

 もうするつもりはない。


「それより、早く勉強しないと」


 可愛い女子に話しかけられるというハプニングがあったもののそれ以降は特に何かが起こることもなく俺は勉強をした。

 始業式だけだったため、特にめんどくさい授業や行事はなくすぐに解散になった。

 のだが……


「宮野さん、途中までご一緒してもよろしいでしょうか?」


「えっと、天城さんだっけ。別にいいけど」


 帰り際に彼女にそう声をかけられた。

 特に断る理由もなかったから断らなかったんだけど、雄介から聞いた話とは違う気がする。

 曰く、天城乃々は男性が苦手であり話しかけようものなら冷たくあしらわれるのだとか。


「ふふっ、では参りましょうか」


 彼女はスクールバックを両手で持って可愛らしく隣をトコトコと歩いている。

 相当ご機嫌みたいで鼻歌を口ずさんでいた。

 そして、この光景を見た周囲の男子生徒たちからは嫉妬と憎悪の視線を送られる羽目になった。

 いったい俺が何をしたっていうのか。

 原稿用紙三枚以内で説明してほしい。


「なんでそんなに機嫌がいいんだ?」


「さぁ? なぜでしょうか。それよりもなぜ先ほどから微妙に顔が引きつっておられるんですか?」


「いや、初対面の相手にこんな風に距離を詰められたら誰だって戸惑うと思うんだが」


 しかも、相手はこの学園の超有名人であり超絶美少女。

 おまけに実家は大手企業と来たもんだ。

 戸惑うなっていうほうが無理な話だ。


「そうですか? 皆さん、私によくこんな感じに距離を詰めてくださるんですが?」


「それは天城に下心を持っている一定数の男子だけじゃないか?」


「言われてみれば、こんな風に接してきてくださった殿方皆さんから告白されていましたわ」


 ふふふっと彼女は手を口に添えて上品に笑っていた。

 お嬢様という呼称が本当によく似合う上品な仕草で少しだけ見惚れてしまう。


「……」


「宮野さんの家はここから遠いんですか?」


「そこまで遠くないと思う。数駅しか離れてないし」


「そうなんですか。私は十駅ほど離れているので少し羨ましいです」


 十駅だったらそれなりに遠い。

 朝起きる時間もかなり早くなりそうだ。


「まあ、朝ゆっくりできるのはありがたいな」


「寝るのがお好きなんですか?」


「いや、朝ゆっくり勉強できる時間を確保できるのがありがたいだけだよ」


 よる勉強したことを朝復習したら記憶効率が上がると聞いた事がある。

 俺は今までその話に忠実に従って勉強をしてきた。

 実際確かに効率は上がったような気がする。


「勉強熱心なんですね」


「天城ほどじゃない。テストでは毎回学年一位を取ってるらしいじゃないか」


 これもさっき雄介に聞いた話だ。

 入学してから常に学年一位を取り続けていたらしい。

 並大抵の努力では成しえないことだ。


「ありがとうございます。そうそう、一つお願いしてもいいですか?」


「唐突だな。聞くだけなら聞くが」


 学校の最寄り駅構内で電車を待ちながら天城の声に耳を傾ける。

 初対面の少女がいったい俺にどんなお願い事をするのだろうか?


「私の夫になってはいただけませんか?」


「……は?」


 あまりで唐突で意味不明すぎるお願いに俺は耳を疑うのだった。

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