第12話 それぞれの才能、それぞれの教室

(私……このまま、帰っていいの?)

一乃は引くしかない状況に追い込まれている。けれど、心のどこかがずっとざわついている。



普段なら、空気を読んで引き下がっていた。

目立たずに、波風立てずに、曖昧な笑みで場を収める。

それが今の束原一乃という人間だ。けれど——。



「学校に行かないなんてもったいない……!」

思いが突き上げるようにして口から飛び出していた。思っていたよりもずっと大きな声で、思っていたよりもずっと強い感情がこもっていた。


「だって、こんなにすごい才能があるのに……。それを誰にも見せずに、部屋にこもって劣等生扱いされてるなんて、悔しいよ。悔しくて、……許せない!」

一乃は、自分でも驚いていた。この人たちのために、ここまで感情を動かされるなんて。



不死原 賢は、一拍置いてから小さく微笑んだ。

「才能?面白いね」

その微笑みには、ほんのわずかな嘲笑が含まれていた。

「もし、才能を活かすことが重要なら、僕たちは、¬¬¬¬よりいっそう学校には行くべきではない」-¬¬¬¬

「…え?」


「君も、ここにいるメンバーのことがわかってきただろう?例えば、大夜。彼は企画力も技術も、冷静な判断力も備えた、テクノロジーのスペシャリストだ。だが、学校の時間割に合わせて彼が登校したら、どうなると思う?ベストなパフォーマンスが発揮できるだろうか?」

賢は机に散らばったトランプの束から、すっと1枚を手に取った。ゆっくりと指でカードの表面を撫でながら語り出す。


「最近の研究では、体内時計は人によって異なり、遺伝子によって影響されることが明らかになっている。夜型の人間は、午前中よりも午後以降に頭が冴えることは言うまでもない。世間では朝型の生活がもてはやされるが、朝型の人間のほうが優れているという根拠は何一つない」

彼は手元のカードを裏返した。スペードのエースだった。


「昼夜逆転?いいじゃないか。ベストパフォーマンスのリズムが違うだけだ。それにも関わらず、朝型が正しいという根拠なき前提で、遺伝的に決まっているものを矯正される……それは差別的ではないかな?」

一乃は返せなかった。完璧に論理だった。


「密葉も同じさ。密葉は自分の好奇心の赴くままに探求する。体系的な学び方ではないかもしれないが、実用的な知識を驚くほど幅広く持っているジェネラリストだ。しかし、好奇心だけ動く密葉は、学校のカリキュラム通りに学んで効率よく成績が上がると思うかい?」

密葉は、まさかと言わんばかりにふふっと笑って肩をすくめた。


「亜衣の芸術性は、その繊細すぎる性格ゆえだ。しかし、教室という空間の中で、常識やプレッシャーに晒されれば、それだけで消耗してしまう。自分の世界に引きこもって何が悪い?こうして人を感動させるものを創ることができるのだから」

彼は、細長い指にスペードのエースを挟んで掲げた。



「才能とは、人それぞれに配られたカードだ。強い札もあれば、弱い札もある。でも——大事なのは、それを“どう使うか”だ。たとえ配られたカードが外れのババでも、使い方次第でジョーカーに化ける。僕たちは、自分のカードを理解し、最適な使い方を選んでいるだけさ」



その眼差しは穏やかなまま。しかし、その奥には氷のような光が灯っていた。


「彼らが才能に溢れている?ああ、僕もそう思ってる。だからこそ、彼らの自由を守る。彼らを常識の枠に押し込めようとする者がいれば、——僕が必ず、排除する」



その言葉の瞬間、空気の温度が一瞬で数度下がったように感じられた。それまでの論理的で冷静な口調と違い、その一言には初めて“感情”が込められていた。


学校という存在に対する、根深い何か——。


まるで、“学校教育そのものを恨んでいる”と言わんばかりの、凍てつく感情だった。



その冷たい迫力に、一乃は口をつぐんだ。言葉が出なかった。今までの自分の信念が、常識が、一つ一つ静かに崩されていくのを感じた。


言葉を挟めずにいた一乃に、賢は一歩近づいた。

「どうかな?」

それまでの冷たさとは一転して、子どもに声をかけるような柔らかい口調だった。

「僕たちの考えは伝わったと思うけど……君の立場まで悪くなるようなことはしないよ? 学校側だって、僕らの登校にはそこまでこだわっていない。むしろ、形式的に『努力しました』って言えるように、君を利用したいだけなんだ。教師に言われたからって……無理して続ける必要はないと思うよ?君の評価が下がるわけじゃない」

声に熱はない。だが、その冷たくも説得力のある響きが、一乃の心を静かに蝕んでいく。



(丸め込まれる……)

心の奥底で、そんな警告が鳴っていた。



「……わかった」

小さく、でもはっきりと口を開いた。

「不登校について、……ううん、自宅学習については、もう言及しない。あなたたちのスタイルを、否定しない。だけど……関わりを持たないなんて、それは無理」

一乃の声が、少しずつ熱を帯びていく。



「私は、あなたたちと関わりたいから」



そして、私はこの日の自分の決断を、恨み、そして感謝することになる。

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