第18章 全種族による混紡
現場はカオス(混沌)であり、同時に最高の熱気を帯びていた。 国境の平原に、巨大な鉄骨の櫓(やぐら)が次々と組み上がっていく。 ドワーフたちのハンマーがリズムを刻み、獣人たちが巨石や木材を軽々と運ぶ。
「おい、耳長(エルフ)! そっちの結界アンカーがズレてるぞ! 精密作業が得意なんじゃねえのか!」 「黙りなさい、髭ダルマ(ドワーフ)! 風向きを計算しているのです! 貴方達こそ、振動で樹脂を揺らさないで!」
罵り合いが聞こえるが、手は止まっていない。 むしろ、互いのプライドを賭けて、作業スピードが上がっている。
私は中央指揮所で、数百枚のモニタ(遠見の魔法を使った監視盤)を見つめていた。 生産管理(プロダクション・コントロール)の極致だ。
「Aライン、樹脂供給圧低下! スライム・タンクを交換!」 「C地点、風魔法の乱れあり! エルドレッド班、修正急げ!」 「エルフ班、休憩時間だ! 無理をするな、集中力が落ちたら不良品が出る!」
私の声は枯れ、喉から血の味がした。 だが、目の前で出来上がっていく光景は、圧巻だった。
空中に噴射された樹脂が、風魔法によって引き伸ばされ、雪のような繊維となって降り注ぐ。 それが積層し、巨大な白い壁――不織布の防壁――を形成していく。 厚さ一メートル、高さ百メートルの白い壁。 それは万里の長城のように、魔王の進路を塞ぐ形で伸びていった。
「綺麗だ……」
ふと、横にいたカイルが呟いた。 彼が見ているのは、壁そのものではない。 その足元で、休憩中に水を回し飲みしているドワーフとエルフの姿だ。 いがみ合っていた種族が、同じ泥にまみれ、同じ目的のために汗を流している。
「『混紡(ミキシング)』だな」
私は答えた。 異なる素材を混ぜ合わせることで、単一素材にはない強度と機能を持たせる。 ポリエステルと綿を混ぜれば、強くて肌触りの良い服ができるように。 エルフの魔力とドワーフの技術、獣人の体力、そして人間の調整力。 これらが混ざり合った今、人類軍の「組織強度」は過去最強になっていた。
「工場長! 魔王、最終防衛ラインに接触します!」
監視兵の叫び声。 地平線が黒く染まり、巨大なヘドロの津波が押し寄せてきた。 その高さは防壁を超えている。
「全機、濾過モード起動! 吸い込め!」
私の号令と共に、壁に埋め込まれた巨大な魔導ファンが回転を始めた。 魔王の体――汚染された魔力の流体――が、白い壁に激突する。 ズズズズズ……という地響き。 壁が悲鳴を上げ、きしむ。
「耐えろ……! お前たちは、俺たちが作った最高傑作だ!」
私は祈るように叫んだ。 黒い流体が壁に染み込んでいく。 第一層、突破。 第二層、活性炭が毒素を吸着し、黒い色が薄まっていく。 そして第三層、逆浸透膜。
壁の向こう側から、水が噴き出した。 それは黒いヘドロではない。 輝くような、透明で純粋な「光の奔流」だった。
「濾過……成功です! 排出されているのは、純度99・9%の高濃度マナです!」
トムが歓喜の声を上げる。 浄化された魔力が、大気に還っていく。 その光景は、汚れた世界を洗い流すシャワーのようだった。 兵士たちが、亜人たちが、その光を浴びて歓声を上げる。
だが、魔王も黙ってはいない。 中核にある「汚染の意志」が、濾過されることを拒み、一点に圧力を集中させ始めた。
「壁が……破れるぞ!」
中央部分、魔王の核が押し当てられている部分の繊維が、限界を超えて引き伸ばされていく。 あそこが破れれば、決壊したダムのように汚染が溢れ出す。 補強が必要だ。だが、予備の資材はもうない。
「……僕が行く」
私は指揮所を飛び出した。 手には、一本の「糸」を握りしめていた。 それは、私が転生した最初の日に、あの地下室で手紡ぎした、最初の一カセの糸。 全ての始まりであり、私の魂がこもった「原点」だ。
「アルカス! 死ぬ気か!?」
ソフィアの制止を振り切り、私はワイバーンに飛び乗った。 目指すは、壁の崩壊点。 工場長として、最後の「現場対応(トラブルシューティング)」に向かう。
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