第17章 世界濾過計画

作戦会議室のテーブルには、軍事地図の代わりに、巨大なプラント設計図が広げられていた。 集まった将軍や貴族たちは、ポカンと口を開けている。 彼らが期待していたのは、聖剣や禁呪による英雄的な作戦だったろう。 だが私が提示したのは、「巨大な布で敵を囲む」という、地味極まりない土木工事だった。


「フィルターの構造は三層です」


私は指示棒で図面を叩いた。


「第一層は『プレフィルター』。物理的なゴミや、魔王の肉片を受け止める、高強度のスライム・ナイロン製ネット。 第二層は『活性炭吸着層』。炭化した樹木を織り込み、毒素や悪臭、呪いの成分を化学的に吸着します。 そして第三層が要(かなめ)。『逆浸透膜(RO膜)』の魔導的再現です」


「ギャクシントウマク……?」


ソフィアが舌を噛みそうな顔で繰り返す。


「水分子、つまり純粋な魔力だけを通し、汚染物質は通さない極微細な穴を持つ膜です。これを展開し、魔王全体に圧力をかければ、綺麗な魔力だけが外に出て、汚染源は内側に濃縮されて残ります」


「待て待て! そんな巨大な膜、どうやって作る!?」


工兵隊の隊長が叫んだ。 もっともな指摘だ。魔王の推定全長は数キロメートル。 それを包み込む布など、今の王国の全生産力をつぎ込んでも数年はかかる。 敵の到達までは、あと三日しかない。


「織りません」


私は即答した。


「織っていたら間に合わない。だから『不織布(ノンウーブン)』を作ります」


「フショクフ?」


「糸を織るのではなく、溶かした樹脂を吹き付けて、繊維を絡み合わせてシートにする『メルトブロー法』を用います。これなら、生産速度は織物の百倍です」


私はエルドレッドに向き直った。


「エルドレッド様、あなたの風魔法と炎魔法で、スライム樹脂を霧状に噴射してください。それを私が風魔法で制御し、空中でシート状に成形します。……空飛ぶ製布工場です」


「なんと乱暴な……。しかし、理には適っている」


エルドレッドはニヤリと笑った。


「だが、材料が足りんぞ。スライム樹脂も、炭も、人手も、圧倒的に足りん」


「ええ。だから、呼びました」


私が合図を送ると、会議室の扉が開いた。 入ってきたのは、人間の兵士ではない。 長い耳を持つエルフの族長。 筋肉の塊のようなドワーフの棟梁。 そして、獣の耳を持つ獣人族のリーダーたちだ。 普段なら決して相容れない、亜人種たちの代表。


「彼らには、私が『最高品質の布』を餌に……いえ、外交手腕で協力を取り付けました」


私は嘘をついた。 実際には、「協力しなければ、世界ごとヘドロに沈むぞ」と脅し、同時に「戦後は君たちの特産品をアルカス・ブランドで高値で買い取る」という経済協定を結んだのだ。 理想だけでは手は動かない。 恐怖と利益(メリット)。この二つが揃って初めて、異なる種族は「チーム」になれる。


「ドワーフは枠組みの建設を。エルフは精密な魔力制御を。獣人族は資材の運搬を。……人間は、それら全ての調整と、後方支援を行います」


私は環視した。


「これは戦争ではありません。世界合同プロジェクトです。納期は三日後。……死ぬ気で働いてください。残業代は、未来の平和で支払います」

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