第12章 オペレーション・ヒートテック
兵站総監としての初仕事は、徹夜の計算だった。 王城の一室を与えられ、私は壁一面に貼った巨大な紙に、工程表(ガントチャート)を描き殴っていた。
Xデー(決戦予定日)まで、あと二週間。 必要な防寒服は五万着。 現在の在庫は三千着。 四万七千着を、十四日間で作る。 単純計算で、一日あたり三千三百五十七着。
「狂ってるな……」
私は乾いた笑いを漏らした。 前世のブラック企業でも、こんな無茶な納期はなかった。 だが、やるしかない。
「カイル、トム! 王都の職人ギルドへ走れ! 型紙を配れ! 1ミリのズレも許すなと伝えろ!」 「ソフィア! 貴族たちから供出させた馬車の手配はどうなってる! 車輪が壊れるまで走らせろ!」 「院長! 孤児院の子供たちにボタン付けを頼む! 小さな手の方が速い!」
王都全体が、一つの巨大な工場へと変貌していった。 酒場のホールは裁断場になり、教会は縫製工場になった。 貴婦人たちも扇子を針に持ち替え、夜なべでミシンを踏んだ。
私は寝る間を惜しんで、各地を走り回った。 ボトルネックが発生している箇所があれば、即座に飛んでいき、レイアウトを変更し、人員を再配置した。
「そこ! 生地の送りが遅い! バケツリレー方式に変えろ!」 「糸調子が悪いミシンは使うな! 手縫いの方がマシだ!」
私の怒号が、王都の冬空に響く。 人々は最初、私を「冷酷な管理者」として恐れた。 だが、次々と出来上がる温かい服が、前線へと送り出されていくのを見て、その目は変わっていった。 自分たちの仕事が、息子や夫の命を救っているという実感。 それが、極限状態の人々を突き動かすエネルギーになっていた。
そして、決戦の三日前。 最後の輸送部隊が出発した。 荷台には、真新しい防寒服が満載されている。
「……間に合ったか」
私は城壁の上で、雪道をゆく馬車の列を見送った。 体は鉛のように重く、目の下には深い隈ができている。 だが、胸の奥には熱い達成感があった。
その時、遠く北の空が、紫色に染まった。 不気味な光。 魔王軍の主力部隊が、砦の目前に迫ったのだ。 腐敗の霧を纏い、不死の軍団が押し寄せる。
だが、今度の人類軍は違う。 彼らは、私が作った「アルカス規格」の服を着ている。 寒さに震えることなく、霧を恐れることなく、剣を振るうことができる。
「見せてくれ、現場(フロントライン)の底力を」
私は北の空に向かって祈った。 ここから先は、私の手を離れた製品(こども)たちが、その性能(スペック)を証明する番だ。
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